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「マジですか?」
「マジマジ。新入社員として彼女が入ってきた時はさ、社内の独身男連中は全員色めき立ったもんだよ。どうにかして彼女を射止めようと躍起になった。でもさぁ、彼女を射止めたのは、よりにもよって大林だったんだよなぁ!」
「大林さん? 今はいらっしゃいませんよね」
菜花から仁奈の過去の話は聞かされていたので、大林という男がすでに社内にいないことは知っていたが、知らない顔でそう尋ねる。
片倉はそうだと何度も首を縦に振りながら、憮然として言った。
「そうそう、とっくに辞めてるよ。あいつさぁ、チャラくていい加減でさ、俺は嫌いだった。そのくせ、営業成績はよくてさ、ムカついてたよ。その上、高橋さんも手に入れてさ。当時は仲間内で飲みに行けば、奴の愚痴ばっかだったなぁ。あいつ、先輩に対してもどこか馬鹿にしてるような感じがあって、営業部連中には嫌われてたな。でも、上にはいい顔をしていたから、可愛がられていた。それにもムカついてたよ。あ、あと、女にもいい顔してたなぁ。……人を見て態度を変えるような嫌な奴だった。ほんと、なんで高橋さんは、あんなのを選んだんだか」
その頃は仁奈も若く、人を見る目がなかったということだろう。もしくは、大林という男がよほどの演技派で、自分をよく見せることに長けていたのか。
だが、そのせいで仁奈は手痛い失恋をすることになってしまった。
それにしても、水無瀬も仁奈を狙っていたとは知らなかった。その辺りを詳しく聞こうと、結翔は話をそちらに持っていく。
「水無瀬さんが高橋さんを落とそうとしてた時って、高橋さんはもう大林さんと付き合ってたんですか?」
「うん」
「まさかの横恋慕!?」
「あはははは! そんな言葉、よく知ってんなぁ! でもまぁ、それだよ。横恋慕!」
すでに大林と交際していた仁奈だったが、水無瀬は横から奪い取ろうとした。いったい、どんな手段を講じたのか。
その方法を聞いて、結翔は唖然とした。片倉が「酷いことをした」と言った意味が、よくわかった。
「水無瀬は大林の性格を熟知していた。あいつは、美人でいいカラダを持ってるなら、誰でもいいって奴だった。あと、自分に尽くしてくれて、持ち上げてくれる女な。一緒に連れて歩いて得意になれるような女なら尚よし。そういう奴だったから、高橋さんのこともそれほど本気じゃないと踏んでいた。だからさ、高橋さんの同期にちょうどそういうのがいたからさ、その子を焚きつけて迫らせたってわけ」
焚きつけたからといって、その彼女も大林に気がないとどうにもならない。だが、水無瀬はその辺りもうまいこと持っていったのだという。
「水無瀬は人心掌握っていうの? そういうのがすげぇんだよ。どうやったのかまではわからないけど、見事に成功してさ。大林は高橋さんを捨てて、そっちに乗り換えた。当時、大林と高橋さんの同期への風当たりはきつかったよ。高橋さんは仕事熱心でもあったし、皆から人気があったからさ。同期の子はすぐに音を上げて、大林に結婚を迫ったらしい。大林もそれに応えるしかなかったんだろうな。二人は結婚して、同期はさっさと会社を辞めていった。大林もその後、割とすぐに辞めたよ。その頃にはもう、上からも昔ほどは大事にされなくなってたからな」
仁奈は、水無瀬が裏で画策したことにより、恋人を失った。恋人ばかりではない、同期もだ。ただ失っただけではない。酷い裏切りに遭い、心に傷を負った。
「水無瀬さんは、そこまでして高橋さんを自分のものにしたかった」
「そう。その後、傷心の高橋さんに近づいて、必死に口説きまくったんだけどさ」
それでも、仁奈の心を手に入れることはできなかった。想像以上に、仁奈の大林への想いは深かったのだ。
「それにな、どこでどうバレたのかはわからないんだけど、水無瀬が裏でやったことを高橋さんが突き止めたっぽくてさ。非常階段で罵り合う二人を見たって奴がいて、俺たちは興味津々だったんだけど、結局なんかうやむやになったな。でも、罵り合ってたって話は、割と信憑性高いと思うぜ? それ以来、二人は犬猿の仲っていうか、お互い避けてるっぽいしな」
結翔は椅子の背もたれに身体を預け、大きく息を吐き出した。
「はぁ……。水無瀬さんの過去に、そんなことがあったとは」
「びっくりだろぉ?」
「はい」
「その点、俺なんて清廉潔白! 綺麗なもんさぁ!」
「はいはい、そうですね」
「なんだよぉ~! ほら、もっと呑めよ、吉良!」
話し終えた片倉は、結翔のグラスを掴んで口元に持ってきて無理やり飲ませようとする。
結翔はそんな片倉の攻撃を躱しながら、この飲み会のお開きのタイミングを窺っていた。
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