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「ありえる……かもね」
そう言った美沙央に、全員が注目する。
美沙央は皆を見渡しながら、自説を展開した。
「彼女のメイク技術はかなり高いわ。元々お洒落な子みたいだし、好きなんでしょうね。彼女がその男の前で素顔を晒したことがないのだとすれば、正体がバレていない可能性は十分考えられる。というか、正体がバレないように素顔を晒さなかった、と考える方が自然ね」
「そこに、何か意図があると」
「でしょうね。そうでなきゃ、わざわざ自分に害を為した男と一緒にいる理由がないわ」
仁奈は自分が高橋仁奈であることを隠し、水無瀬と付き合っている?
その目的とは一体……。
スッと背筋が寒くなる。菜花は、無意識に自分の身体を抱えていた。
仁奈が会社で極力目立たない姿をしていたこと、会社の人間と距離を取っていたこと、その本当の理由は、キャバ嬢であることを隠すためだったのだ。
キャバ嬢になった理由は、正体を知られずに水無瀬に近づくためだったのだろうか。
クラブ・アンジェを水無瀬がよく接待に使っていたことは、仁奈の立場なら容易に知り得ることだ。彼女は各所から回ってくる請求書をいつも目にしているのだから。
「高橋さんも……横領に……?」
声が震える。
「菜花ちゃん、落ち着いて。はい、ゆっくりと息吸って……吐いて……」
「ふぅ……」
美沙央が菜花の肩を抱き、背をさする。菜花が美沙央の腕をぎゅっと握ると、美沙央は菜花を優しく抱きしめた。
「菜花ちゃんは、その彼女のことをとても好きなのね」
「……はい」
最初はどこかよそよそしかった。それでも、とても丁寧に仕事を教えてくれて、菜花をいろいろ気遣ってくれた。
一緒にランチができるほど仲良くなってからは、少しずつ仕事以外の話もしてくれるようになった。意外と親しみやすくて、それでいて優しい。そんな仁奈を、いつの間にか姉のように慕っていたのだ。
彼女が水無瀬と深い関わりがある以上、横領についても疑わなくてはいけないのか。それを思うと、心が苦しい。
「菜花君、君は今、確信を持って横領と言ったね。もしかして、証拠を掴んだのか?」
「え……」
「横領については黒に限りなく近いグレーという話で、まだ確定ではなかったはずだ。菜花君は書類を調べると言っていた。君は、水無瀬と高橋仁奈の関係を認めた途端、横領のことを口にしたね。それは、横山と水無瀬が会社の金を横領していることを知っているから。君は、それを確信するに足る証拠を見つけたんだ。……違うかい?」
そうだ。菜花はまだ、そのことについて報告をしていなかった。
菜花は金桝を見つめ、静かに頷く。
「はい。私が経理資料から得た情報を、これからご報告します」
場の空気が再び引き締まる。
そんな中で、菜花は自ら掴んだ横領の証拠について、順を追って詳しく説明していった。
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