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「で、早速次の依頼なんだけど」
そう言って、金桝がファイルを結翔に手渡す。
「最近、休みなしだなぁ」
「まぁまぁ。この依頼が終わったら少し落ち着くと思うし、長めのお休みも取れると思うよ」
「はーい、わかりましたぁ」
結翔は口を尖らせながらもファイルを開き、熟読し始める。すると、金桝は菜花に話しかけてきた。
「菜花君、今回も結翔君とコンビでお願いできるかな?」
「えっ」
ディライト食品の案件が、菜花の初仕事だった。この仕事の契約期間は、大学の夏休みとちょうど重なるいうことで融通もきいたが、もうすぐ学校が始まる。そうなると、週五日きっちり働くことはできないのだが……。
「あの、もうすぐ学校が始まるので難しいと思うんです……」
「あ、そっか! 菜花君は大学生だったよね。じゃあ、前の案件の時のように毎日出勤できないか」
「そうなんです、すみません」
そう答えながら、菜花は内心ドキドキしていた。
アルバイトとして入社する際、ここでの仕事内容を聞いた時は吃驚仰天してしまい、自分に務まるのだろうかと不安になった。しかし、何事も経験だ、やってみようということになり、ディライト食品の案件に加わった。大学の夏休み期間いっぱいかかるとされ、それが無事に終わった。だから、これでアルバイト自体も終わりだと思っていたのだ。
だが、金桝からはそのような空気を一切感じない。しかも、菜花がこの仕事を続けるつもりだと確信しているかのような顔だ。
するとその時、結翔が顔を上げ、菜花を呼んだ。
「菜花」
「え?」
結翔は、持っていたファイルを押し付けてくる。
「結翔君?」
「読んで。今回の仕事、一人はきつい。菜花も入って」
「え……」
菜花は、結翔にも事情を説明してくれと金桝を見つめる。だが、金桝は優しい微笑みを浮かべながら背を向け、そして何を思ったか、いきなりパン、と勢いよく手を叩いた。
「よし! じゃあ、週三にしよう!」
「へ?」
くるりと振り返った金桝は、それはそれは美しく艶やかな笑みでこう言った。
「派遣だから、そういう契約にもできるし! 週三ならいいよね? 入れるよね? 単位はもう足りてるって言ってたよね?」
「えっと……」
「い・い・よ・ねっ?」
そう言いながら、これでもかと整った顔を近づけてくる。
菜花は別にイケメンに弱いわけではない。だが、イケメンに迫られるとどうすればいいのかわからなくなる。いやいや、それはイケメンに限らずだ。ぐいぐいこられると弱い。簡単に折れてしまう。
菜花は思い切り眉を下げ、結翔の方を見た。結翔はさりげなく横を向き、知らん顔をする。
……間違いない。強引に出れば菜花は折れる、そう金桝に入れ知恵したのは結翔だ。
「な・の・か・君!」
「ひっ!」
菜花は仰け反る。
どこまで近づいてくるつもりだ、この超絶イケメンは!
どうしよう。受けるべきか、断るべきか。しかしこれはもう、受ける前提で話が進んでいるような……。
迷いに迷い、あれこれと考え、菜花は結局こう答えた。
「わかり……ました」
「やったー!」
「よし、菜花! 急いでファイルの内容を頭に叩き込め!」
金桝と結翔は嬉々としている。それを横目で見ながら、菜花はやれやれとファイルに目を落とす。しかし、心の中では密かにニヤついていた。
「実は、もうちょっとやってみたいかなって気持ちもあったんだよね……」
二人には聞こえないように小さく呟き、菜花はファイルに集中していった。
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