12.監察完了

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「まず、横山なのですが……」  大澤は、横山に聴取した内容を話し始める。金桝は時折相槌を打ちながらそれを聞いていた。  横山の話は、概ねこちらの予想どおりだった。  横領については、水無瀬の方からさりげなく持ち掛けられたらしい。  横山の借金について、水無瀬は知っていたのだという。水無瀬は、個人携帯にかかってきた消費者金融からの電話に応対している横山を偶然目撃し、金に困っていることを察した。水無瀬も遊ぶ金が欲しかったということで、利害が一致したのだ。 「水無瀬さんは、横領した金を娯楽に費やしていたのでしょうか」 「ある意味、そうですね」 「ある意味?」  大澤は一息ついた後、水無瀬について話し始めた。 「水無瀬は元々女性関係にだらしがないところがあり、横領を始めた頃は、女性に貢いでいたようです。ですが、その貢いでいた相手というのが複雑といいますか、厄介といいますか……」  言葉を濁しながら額の汗を拭う大澤に、金桝はピンときた。  貢いでいた女性は、此花電機に多少なりとも関係がある女性だ。だから、複雑であり、厄介でもある。そんな女性に、一人心当たりがあった。 「それはもしかして、専務のお嬢様でしょうか」 「……」  金桝の問いに、大澤は無言だった。だが、これが答えである。  水無瀬は長い時間と金をかけて専務の娘を口説き落とし、結婚寸前まで持っていったのだ。  そう言えば、専務の娘は見た目が派手で華やかだと結翔と菜花が言っていた。おそらく、専務である父親に甘やかされ、贅沢に育てられたのだろう。それ故、金のかかる女性だったというわけだ。  それでも、彼女と結婚できれば社内で強力な後ろ盾を得ることができ、家庭生活においても援助が期待できる。水無瀬にとっては得しかなかった。 「では、水無瀬さんはずっと彼女に?」 「はい。ですが、女性に貢いでいるのはごく一部で、あとは……」 「あとは?」  大澤は、苦虫を噛み潰したような顔で言った。 「脅迫されていた、と」 「脅迫?」 「はい。昔、弊社に在籍していた男に、他の女性と一緒のところを写真に撮られたのだそうです。毎月、小遣い程度の金額ではありますが、強請られていたと」 「金を払わなければ婚約者にバラす、ということですね」 「そのようです」  金桝は、二人の報告を思い出す。  水無瀬を強請っていた、かつて此花電機に在籍していた男というのは、大林だと直感した。  水無瀬と大林は、高橋仁奈を巡って接点がある。大林は、水無瀬の画策で仁奈を捨てた。そして別の女性に乗り換えたわけだが、それを後悔していたとしたら?  大林が水無瀬の策を知る可能性は十分にあるし、そのことについて恨んでいた可能性もなくはない。  彼がどういうつもりで水無瀬を脅迫していたかは知らないが、それが小遣い程度の金額だったことは、彼の狡猾さを物語っている。大林が要求した金額は、水無瀬なら何とかできるものだった。だからこそ、水無瀬はその要求を呑んだのだ。 「水無瀬さんは、ずっとその男に金を払い続けるつもりだったんでしょうか」  その問いに、大澤は首を横に振る。 「いいえ。撮られた写真を何とかしようとしていたようです。そして、それはもうすぐ達成できるところだったと。男は写真のデータを様々なところに保管していたようで、水無瀬もかなり苦労したようです。結婚までには何とか証拠を隠滅し、結婚後には彼を切るつもりだったと言っていました」 「なるほど。その直前で、全て露見してしまったというわけですね」 「はい。まぁ……悪いことはできない、ということでしょうか。しかし、水無瀬はそんなことがあったにもかかわらず、写真に撮られた女性と付き合い続けていたというのですから、本当にもう何を考えているのやら。私などにはわかりかねますな」  大澤は心底呆れているようだった。  写真に撮られた女性というのは、ユリだろう。水無瀬はそれほどまでに、ユリに入れ込んでいた。  水無瀬は、ユリが高橋仁奈だということを本当に知らないのだろうか。そこまで好意を寄せている女の正体に、果たして気付けないものか。  金桝は首を傾げるが、こればかりは水無瀬本人に直接聞かないとわからない。  だがそれは、不可能なことだった。監察が完了した以上、金桝たちが水無瀬に接触することは、その範疇を超えることになる。 「他に、水無瀬さんは何かおっしゃっていましたか?」  そう尋ねると、大澤は溜息をつきながらこう言った。 「横領した金は、いつまでかかっても全額返すと言っています。もちろん、横山もですが。その言質は、弊社の顧問弁護士立ち合いの元でしっかり取っておりますので、うちとしては内々に収めるつもりでおります」 「そうですか」  大澤は遠い目をしながら、再度溜息をつく。 「それにしても……二人とも優秀な社員だったのに、どうしてこんなことになってしまったのか。横領については毎月少額であったこともあるでしょうが、チェック体制が緩んでいたことで、誰も気付くことができませんでした。怪しむ人間もいなかった。まったく……とんでもないことです」  大澤は金桝と向き合い、深く頭を下げた。 「この度は大変お世話になりました。御社のおかげで社内の不正が明らかとなり、感謝しております。今回依頼しなければ、みすみす犯罪を見逃し、それだけでなく、犯罪者を昇進させるところでした。そんなことにならず、我々も安堵しております。本当に……ありがとうございました」  そんな大澤に、金桝は静かに微笑む。 「それが、我々の仕事ですから」  そう言って、ゆっくりと立ち上がった。これで、本当の意味で依頼は完了となる。  金桝は優雅に一礼し、大澤に見送られながら応接室を後にしたのだった。
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