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13.隠れた真相
「短い間でしたが、本当にお世話になりました。ありがとうございました」
経理部内でそう挨拶すると、たくさんの拍手が返ってきた。菜花は小さく笑いながら、もう一度頭を下げる。
今回は前回に比べ、内容の濃い仕事だったように思う。
前回は初めての監察だったこともあり、ほとんど戦力にならなかった。だが、今回は僅かながらでも力になれたのではないかと思っている。
監察は、空振りに終わることもある。しかし今回に限っては、当たりも当たり、予想外の不正まで暴く結果となった。決して喜ばしいことではないが、S.P.Y.としては上々の出来だろう。
菜花は経理部の女性陣から花束を受け取り、会社を出る。
本当は送別会を開いてくれようとしていたのだが、それを丁重に断わらせてもらっていた。駅に向かって歩みを進めながら、菜花は腕時計に視線を落とす。
「どれくらい待つかなぁ。あと、ほんとに来てくれるかな?」
菜花は結翔に宣言したとおり「ゆっくり話をしたいので時間を取ってほしい」と仁奈に伝えた。
玉砕覚悟だった。しかし、思いもよらない結果になり、いまだに信じられない気持ちだ。
『私も、杉原さんと一度ゆっくり話をしてみたかったの』
と、まさかのオーケイ。しかも、快く。
定時で上がってからすぐに駅に向かうので、待っていてほしいと言われたのだった。
しばらく待っていると、凛とした姿勢のいい女性が菜花の元へ近づいてくるのが見えた。髪型や格好は地味だが、姿勢とスタイルの良さで自然と目を引く。菜花は彼女に向かって、ぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい、待たせてしまって」
思ったとおり、その女性は仁奈だった。申し訳なさそうな顔をして駆けてくる。
「いいえ、全然。私の方こそ、無理を言ってしまってすみません」
「ううん、無理なんかじゃないわ。私も話したいって言ったでしょう?」
「はい」
「それじゃ、場所は私に任せてもらえる?」
驚いた。まさか、仁奈が場所を用意しているとは思わなかったのだ。
「え? あ、あの、いいんでしょうか?」
「二人だけの送別会よ。私が場所を用意するのは当然だわ」
そう言って、仁奈はタクシー乗り場へと向かう。
「タクシーで行くんですか?」
「えぇ。店が少しわかりづらいところにあるし、距離もあるの。タクシーの方が楽なのよ」
乗り場にはほとんど人はいなくて、二人はロータリーで待機していたタクシーにすぐ乗車できた。
どこへ連れて行かれるかわからないこともあり、菜花の鼓動は激しく脈打っている。だが、それを知られるのもよくない気がして、菜花は必死に心を落ち着ける。
そうこうしているうちに、タクシーは目的地に到着した。
「え……。もしかして、ここですか?」
「そうよ」
タクシーから降り、目の前の立派な門構えに、菜花は恐れおののく。
そこは、都内でも有名な高級料亭だったのだ。
躊躇する菜花の手を引き、仁奈は悠然と歩いていく。
一般のサラリーマンには、とても手を出せないような店だ。だが、仁奈の足取りは軽く、少しの躊躇いもない。とても行き慣れている感があった。
これはいったい……。そして、何故仁奈は菜花をここに連れてきたのだろうか。
「いらっしゃいませ、高橋様」
「お久しぶりです、女将」
入口に出てきた品のよい女将に笑いかけ、仁奈はそのまま案内に従って歩き出す。菜花の手は引いたままだ。
「今日はまた、可愛らしいお嬢さんをお連れになっているんですね」
「そうなんです。とてもお世話になったので、ぜひお礼がしたいと思って。落ち着いてゆっくりお話もしたいし、美味しいお料理も堪能したいと思ったら、ここしか思いつかなかったんです」
「そんな風におっしゃっていただけて光栄ですわ。これからもご贔屓に」
「もちろんです」
二人の会話を聞きながら、菜花は冷や汗ダラダラといった状態だった。
まるで場違いだ。自分はこんなところにいていい人間ではない。ここから逃げたい。仁奈が手を引いていなければ、一目散に逃げ出していただろう。
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