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「疑惑は晴れたかしら? 他に聞きたいことは?」
一番聞きたかったのは、水無瀬との関係だった。そこがクリアになれば、他は思いつかない。
横山が会社の金に手をつけた理由は、借金の返済だった。水無瀬は、専務の娘を手に入れるため。
「水無瀬さんとは、別れるんですか?」
その答えは、微笑みで返された。
おそらく、別れるのだろう。付き合う理由はもうない。
水無瀬は自分で身を持ち崩したのだ。直接手を下したわけではないが、復讐は完了した。
「最後に一つ」
「なにかしら?」
どうして──
「どうして、ここまで正直に話してくれたんですか?」
それを問うと、仁奈は呆気に取られたような顔になり、声をあげて笑い出した。
「あはははは! 今更? 話を聞きたがったのは、あなたでしょう?」
「ですが! 高橋さんは拒否することもできたし、無視することもできました!」
仁奈は笑いを収め、菜花をじっと見つめる。その強い視線に目を逸らしそうになったが、それは逃げのような気がして、菜花はその視線をしっかと受け止める。
「そうね。……どうしてかしら。拒否も無視も、しようとは思わなかった。あなたになら、話してもいいと思ったのかもしれないわね。ううん、妹以外の誰かに、話を聞いてもらいたかったんだわ」
「高橋さん……」
「話したところで、後ろ暗いところなんてない。私がキャバ嬢をやっていたからといって、規則違反でもないし。失恋から立ち直るために、気晴らしでキャバ嬢を始めた。そこで偶然水無瀬と出会い、ちょっとした復讐をしてやろうと考えた。それだけよ」
「はい……」
仁奈の言うとおりだった。
「さ、辛気臭い話はこれで終わり! 杉原さんが本当に派遣社員なのかはわからないけれど、まさか未成年ってことはないでしょう?」
「え? はい! 成人してます!」
「なら、飲みましょう」
そう言って、仁奈はワイングラスを手に取った。中に入っているのは、透明の液体。これは日本酒だろう。
「杉原さんの前途を祝して、乾杯」
「か、乾杯」
ワイングラスで飲む日本酒など、初めてだ。
液体を喉に少しずつ流し込んでいく。香る匂いはなんとも言えず豊かで、コクがありつつも口当たりはすっきりとしていた。ワイングラスで飲む意味がよくわかる。
「美味しい……」
「ふふ、気に入ってもらえてよかったわ」
「これ、何ていうお酒なんですか?」
「獺祭」
「獺祭ですね。覚えました!」
「また飲めるといいわね」
「はい!」
そこから先は、仕事とは関係のない話。
会社の中とは違い、仁奈の表情はコロコロとよく変わり、よく笑う。まるで別人のような仁奈は、とても魅力的だった。
いつかまた、幸せな恋をしてほしい。それを願わずにはいられない。
来た時の緊張感など忘れたように、菜花は仁奈との時間を思う存分楽しんだのだった。
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