14.エピローグ

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「菜花君! 菜花君ってば! 僕、何かした?」 「え?」  金桝の声に、ハッと我に返る。 「いや、僕に何か訴えたいことがあるんだよね? 怖いけど、ちゃんと聞くよ。もしかして、辞めたいとか言っちゃう? えっと、何が不満だろう? できるだけ菜花君の希望に応えられるよう……」  金桝は勝手に誤解をし、慌てていた。両手をバタバタと上下に振りながら話す金桝に、菜花はプッと吹き出す。 「菜花君?」 「いえ、すみません。惇さんの慌てっぷりが面白くて」 「慌てるでしょ! いきなり話があるなんて真剣な顔されたら、なに言われるのかと思ってハラハラするよ。で、なに? 怖いこと言わないでもらえるとありがたいんだけど」  怯える金桝に、菜花は笑って答えた。 「場合によっては怖いかもしれないです。あの……私、ここでの仕事にやりがいを感じています。もっともっと頑張って、戦力になりたいと思っています。だから、卒業後もここで働かせてください。アルバイトで構いません。でも、少しでも私を必要としてくれるなら、戦力だと思ってもらえるようになったら……いつか、正社員にしていただけると嬉しいです」  一気に言い切った。  金桝を見ると、ポカンと口を開けている。間抜け面だが、美形は何をしても美形だ。  無反応のままでいる金桝を見兼ねたのか、事務仕事をしていた美沙央がつかつかと歩いてきて、金桝の頭をペシリとはたく。 「痛っ!」 「惇君、なに呆けてんのよ! 菜花ちゃんがここにいたいって言ってくれてるのよ? ちゃんと返事をしてあげて」  金桝はぼんやりと美沙央を見つめ、その視線を菜花に移した。 「あの……それ、ほんとに? 社交辞令とかじゃなくて、本音?」 「本音です。というか、どうしてここで社交辞令言わなきゃいけないんですか……」  力が抜ける。しかし、その前に卒倒しそうなことが起こった。 「菜花君!」 「ひぃぃっ!!」  金桝が菜花を抱きしめたのだ。 「か、か、金桝さんっ!」 「違うでしょ?」  艶っぽい流し目を送られ、気を失いそうになる。そして、耳元で囁くのは勘弁してもらいたい。  金桝は、菜花の言葉を待っていた。  菜花はヘロヘロになりながらも、それに応える。 「惇さん」 「よくできました」  ニッコリと微笑む金桝の顔には、満足と大きく書かれてある。  それにドッと疲れながらも、今度は菜花が金桝の言葉を待つ。 「あの……」 「採用」 「へ?」  素っ頓狂な声をあげる菜花を解放し、金桝は全てを魅了してしまうかのような微笑みで、もう一度言った。 「採用だよ。卒業までは試用期間としてアルバイトで、春からは本採用で正社員として働いてもらう。雇用条件は、その時に改めて説明するよ」 「えっと、あの……」 「これからもよろしく」  そう言われて、ようやく受け入れられたことを実感する。 「はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」 「きゃあ! 菜花ちゃんが正式にうちに入ってくれるなんて! あ、結翔君にも知らせなきゃ」 「美沙央さん!」 「結翔君、新しい仕事に着手するための下調べに出てるのよ。知らせたら喜ぶわ」  ウキウキしながら結翔に連絡を取る美沙央を見て、菜花は小さく笑う。 「これからは、もっと多くの仕事を受けられそうだ」  そう言う金桝に、菜花はおののきながらもグッと踏みとどまる。  ここで引いてはいけない。引くものか。恐れるものなど何もない。 「はい。どんどん受けてください」 「頼もしいね」  ポン、と一度だけ菜花の頭を撫で、金桝は仕事に戻る。菜花も自分のデスクに向かった。  菜花には味方がいる。何があっても助けてくれて、守ってくれる、心強い最強の味方が。 「菜花ちゃん、結翔君からヘルプがあったわ。ちょっと手伝ってもらえる?」 「はい!」  助けられるだけではなく、守られるだけではなく、菜花自身も成長していかなくては。それには、仕事で経験を重ねていくしかない。  今できることはほんの僅か。だが、継続は力なり。できることを、少しずつ増やしていくだけだ。  やる気に満ちた菜花の充実した顔を眺めながら、金桝は花が咲きほころぶように微笑んだ。  S.P.Y.株式会社──弊社は、御社の社内監察に際しまして、特別丁寧に、且つ完璧な仕事を目指し、必ずやご満足いただくことをお約束いたします。必要とあらば、ぜひご一報を。  了
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