0.プロローグ

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   日差しの強さに、カーテンを半分閉じた。  うす暗い部屋で大きな溜息が一つ。  静まりかえった部屋にかろうじて聞こえるのは、エアコンの稼働音だけ。その中で、その溜息は思いのほか大きく響いた。 「もういい。嫌だ」  見つめていたパソコンの画面から目を離し、立ち上がるやいなやベッドにダイブする。もふっとした柔らかな枕に顔を埋め、杉原(すぎはら)菜花(なのか)は小さく唸った。  パソコン画面に映っているのは、メールの受信ボックスだ。そこには大量のメールが受信されており、全て既読になっている。送信元はどれも企業からのものだった。  菜花は仰向けになり、再び溜息をつく。 「ここまで拒否られれば、さすがに心折れるって」  企業の名前はバラバラだが、メールの内容はどれも同じだ。書類選考や面接の結果であり、その中に採用を知らせるものは一つもない。 「どこにも必要とされてないとか、本気で凹むんですけど」  昨年から始めた就職活動だが、挫けそうになることばかりだった。  書類選考にもなかなか通らず、やっと通って面接にこぎつけたと思ったら、緊張のしすぎで本来の自分を出せずにしどろもどろの回答で落とされまくる。ようやく慣れたと思っても、最終で落とされるなんてザラだった。  周りの友人たちは次々に採用を勝ち取り、残る大学生活を楽しんでいたり、卒論の準備を始めている。  菜花は自分があまり要領のいいタイプではないことをよく知っているので、卒論だけは早めに取りかかってはいるのだが、卒業できても就職先が決まっていなければどうしようもない。卒業した途端、ニートだ。 「そんなの、だめに決まってるし!」  菜花は実家暮らしだが、両親はすでに他界していた。  今は一流企業に勤める兄と、親代わりである祖母と一緒に暮らしている。  実家は祖母の持ち家なので家賃などは必要なく、日々の生活費は兄が出してくれている。菜花の学費も両親の残してくれたお金やら諸々で支払いは全て終えているので、就職できないからといってすぐに路頭に迷うわけではない。だが、いつまでも兄や祖母に頼っているのは心苦しい。  もちろん、菜花だってアルバイトを掛け持ちしたりして、できるだけ家にお金を入れるようにしている。しかし、アルバイトではたかがしれているのだ。 「正社員にこだわってる場合じゃないか……」  正社員として雇ってもらうための就職活動には惨敗している。それならば、正社員にこだわらなければいい。収入は落ちるだろうが、アルバイトよりマシだろう。 「よし、この際契約社員でも派遣社員でもいい。……探そう」  そう思って起き上がった時、電話を知らせる軽やかな音が響いた。  机の上に置いてあるスマートフォンの画面を見ると、そこにはいとこの名前が表示されている。 「結翔君? なんだろう?」  母方のいとこである吉良(きら)結翔(ゆいと)とは二つ違いで、昔はよく一緒に遊んでいた。  結翔は女の子のような可愛らしい見た目で、実際によく女の子と間違えられていた。結翔自身も人形遊びやままごとが好きで、同性である菜花の兄よりも菜花と遊ぶことの方が多かったのだ。  とはいえ、思春期になるとそういったこともなくなり、一時は疎遠になったこともあった。しかし、結翔は一人っ子のせいか、お人好しな菜花を妹のように思っている節があり、大人になってからはマメに連絡をしてくる。 「あー……きっとおばあちゃんが結翔君に話したんだぁ」  それは当たっていた。  いつまでも内定を勝ち取れない菜花を心配し、結翔は連絡してきたのだ。だが、それだけではなかった。 『菜花、うちの会社でアルバイトしなよ。時給はそんじょそこらの会社よりもよっぽどいいよ?』  その言葉を聞いた途端、菜花は四の五の言わずに飛びついた。  普通の会社でアルバイトしてみれば、何か就活のヒントになるかもしれないと思ったのだ。 「ほんとっ!? する! したい!」  そして顔合わせの日取りを決め、菜花は再び戦闘服(リクルートスーツ)に袖を通し、その会社へと向かったのだった。
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