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夜が明けた。
さて、ゲーム本番だ。
「兄ちゃん。おはよう。誕生日だねぇ。おめっとう! 朝ごはん、できてるよぉ」
「……早いな。薫。いつも九時すぎまで寝てるくせに」
「だって、兄ちゃんの誕生日だからねぇ」
「ふうん」
猛より早く起きてる僕を見て、意外に思ったようだ。が、怪しんではいない。
しめしめ。蘭さんが起きてくる前に、リードしとかないとな。
ところがだ。いつもは昼すぎまで寝てる蘭さんが、八時前のキッチンへおりてきたじゃないか。
「猛さん。かーくん。おはようございます」
うーん、と伸びをしながらキッチンに入ってきて、蘭さんは猛に近づいた。
「猛さん。誕生日、おめでとう」
僕は見た。
そう言って、さりげなく猛の背中に手をおきながら、蘭さんが黄色いカードを貼りつけるのを!
ヤラレター! 僕、まだ一枚もひっつけてないのに。
蘭さんが僕をちらりと見て笑う。
くうっ。ま、負けないもんね。
僕を本気にさせたな(なんちゃって)!
その後も終始、蘭さんのペースでゲームは進んだ。
なにしろ、蘭さんはつね日ごろからボディータッチが多い。なので、ごくしぜんに腕をくんだり、背中をたたいたり、肩に腕をかけたりできる。
「ねえ、猛さん。散歩にいきませんか?」
とか言って、腕をくみながら、背中にペタリとやるわけだ。
昼ごろには、猛の背中は、黄色と白のカードでベタベタになっていた。
僕も負けじと近よるんだが、猛のやつ、スキがない!
背中から、こそっと近づいても、さッとふりかえってくる。
「どうしたの? かーくん」
「えっ? 何が? 肩に糸クズがついてるよ。とってあげるよ」
「…………」
あっ、怪しんだ。
蘭さんはともかく、僕はふだん、とくべつスキンシップが激しいほうじゃない。
いつもと違うことをしようとすると、やっぱり警戒されるみたいだ。
お昼ごはんのあと、蘭さんが耳打ちしてきた。
「どうやら、僕の勝ちみたいですね。僕、もう残り、赤だけですよ?」
早い……やっぱり、蘭さんには勝てないのか。
どうにかして、猛にナイショで持たせることができないかなぁ。
しかし、そのあと、ゲーム続行が不可能になりそうな事態になった。
「あっ、タバコ切れた。買ってくるな」
そう言って、猛が小銭入れ持って立ちあがる。
僕と蘭さんは同時に「あッ」と言った。
「えっ? なんだよ?」
「いや、別に……」
ぜんぜん、別にじゃない。
そのカッコで行くの?——と言いたい。もちろん、言わないけど。
蘭さんはさすがだ。
すぐさま、ごまかした。
「コンビニ行くんなら、アイス買ってきてくださいよ。僕の好きそうなやつ、二、三個、お願い」
「いいけど、おまえら、今日、なんか変じゃないか?」
「なんで? はい。お駄賃」
と言って、蘭さんは一万円札を猛の手に、そっとにぎらせる。
「行ってらっしゃい」
にっこり笑って送りだす。
猛も万札にぎらされて、喜んで出ていった。
「どうすんの? アレ」
「猛さんがカードの存在に気づいたら、その時点でゲーム終了ってことで」
「あっ、ズルイ! 蘭さん、勝ち逃げする気だ」
「どんな手を使ってでも勝つ。それが勝負ってもんです」
はあ……やっぱ、最初からムリがあったか。
僕はあきらめて洗濯物をとりこんだ。夏場は乾くの早くて助かるなぁ。
たたみ終わったころに、猛が帰ってきた。
「……ただいま」
なんとも神妙な顔つきをしている。
「おかえりぃ。どうしたの? 浮かない顔して」
「道行く人がみんな、おれ見て『誕生日、おめでとう』って言うんだ……おれ、変な世界に迷いこんだかな?」
「えっ? 近所の人でしょ? みんな、知ってるからじゃないの?」
ごめん。猛。
誕生日の恥はかきすてだよ!
僕は頭をかかえてる猛に、たたんだ洗濯物を渡した。
「はい。これ、兄ちゃんのぶん。部屋、持っていっといて」
「ああ……」
よかった。なんとか気づかれなかったみたいだ。
まあね。自分の背中は見えないし。
と思ったが、まもなく、猛の部屋から叫び声が聞こえてきた。
あっ、バレた。
「なんだ、これ? いつから、こんなもん……蘭! おまえだな? 薫もかっ?」
猛は白や黄色のバースデイカードが山ほど貼りついたTシャツを手に、廊下に出てきた。
どうやら、外出て汗かいたんで、着替えようとしたらしい。
蘭さんが笑って宣言する。
「ゲーム終了! 僕の勝ち」
「ゲームって、勝ちって……何やってんだ。あっ、だから、今日はやたらにひっついて——」
猛はため息ついたあと、僕と蘭さんを交互に見た。
そして、笑いだす。
「おまえら! やってくれたな」
猛は笑いながら、僕と蘭さんの頭に手をかけた。グリグリやられて、僕たちも笑った。
「じゃあ、僕が勝ったから、猛さんの言うこと、なんでもきいてあげますよ?」と、蘭さんは言う。
「蘭は早く、夏バテ治せよ。それが一番かな」
「ええっ、どうやって治すんですか? 食欲ないんですけど。栄養ドリンクが僕の夏の主食」
「じゃあさ。僕がゼリー作ってあげるよ。高級フルーツ入りの。果汁百パーでさ。お金かかるけどね」と、僕は言う。
蘭さんはゲームに勝ったんでごきげんだ。
「うん。じゃあ、お願い」
よかった。これで少しは、よくなってくれるかな?
その夜は焼肉パーティー。
そのあと、恒例のプレゼント贈呈。
いつもの猛の誕生日だ。
それにしても、ほんとはゲーム勝ったの、僕なんだけどね。
蘭さんが上機嫌で、お肉を食べて、執筆のために二階へあがっていったあと、猛が言った。
「かーくん。白が一点で、黄色が十点。赤は五十点だったんだろ?」
「うん」
「なんで、だまってたんだ」
「まあ、蘭さんが喜んでくれたほうが嬉しいし」
そう。僕は赤いカード一枚、猛に渡してる。
いつ渡したかって?
洗濯物だ。洗濯物のなかに、赤いカード、はさみこんどいた。
蘭さんは黄色と白だけだから、合計で四十点。
僕は五十点。
ほんとは僕の勝ちだ。
でも、大事なのはそこじゃない。
猛は僕を見て微笑んだ。
こつんと、僕のおでこに、自分のおでこをぶつけてくる。
「おれのお願い、なんでも聞いてくれるんだろ?」
「ああ、そうだったね。勝った人がきくんだよね」
猛はささやいた。
聞きとれるか、聞きとれないかの小さな声で。
来年も、いっしょに誕生日を祝おう——と。
僕は切なくなった。
兄にとっては、それが何よりの願いなのか。
来年も、再来年も。
ずっと、いっしょにいたいね。
運命のゆるすかぎり。
とりあえず、兄ちゃん。
誕生日、おめでとう——
了
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