第七話 兄の誕生日

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 *  夜が明けた。  さて、ゲーム本番だ。 「兄ちゃん。おはよう。誕生日だねぇ。おめっとう! 朝ごはん、できてるよぉ」 「……早いな。薫。いつも九時すぎまで寝てるくせに」 「だって、兄ちゃんの誕生日だからねぇ」 「ふうん」  猛より早く起きてる僕を見て、意外に思ったようだ。が、怪しんではいない。  しめしめ。蘭さんが起きてくる前に、リードしとかないとな。  ところがだ。いつもは昼すぎまで寝てる蘭さんが、八時前のキッチンへおりてきたじゃないか。 「猛さん。かーくん。おはようございます」  うーん、と伸びをしながらキッチンに入ってきて、蘭さんは猛に近づいた。 「猛さん。誕生日、おめでとう」  僕は見た。  そう言って、さりげなく猛の背中に手をおきながら、蘭さんが黄色いカードを貼りつけるのを!  ヤラレター! 僕、まだ一枚もひっつけてないのに。  蘭さんが僕をちらりと見て笑う。  くうっ。ま、負けないもんね。  僕を本気にさせたな(なんちゃって)!  その後も終始、蘭さんのペースでゲームは進んだ。  なにしろ、蘭さんはつね日ごろからボディータッチが多い。なので、ごくしぜんに腕をくんだり、背中をたたいたり、肩に腕をかけたりできる。 「ねえ、猛さん。散歩にいきませんか?」  とか言って、腕をくみながら、背中にペタリとやるわけだ。  昼ごろには、猛の背中は、黄色と白のカードでベタベタになっていた。  僕も負けじと近よるんだが、猛のやつ、スキがない!  背中から、こそっと近づいても、さッとふりかえってくる。 「どうしたの? かーくん」 「えっ? 何が? 肩に糸クズがついてるよ。とってあげるよ」 「…………」  あっ、怪しんだ。  蘭さんはともかく、僕はふだん、とくべつスキンシップが激しいほうじゃない。  いつもと違うことをしようとすると、やっぱり警戒されるみたいだ。  お昼ごはんのあと、蘭さんが耳打ちしてきた。 「どうやら、僕の勝ちみたいですね。僕、もう残り、赤だけですよ?」  早い……やっぱり、蘭さんには勝てないのか。  どうにかして、猛にナイショで持たせることができないかなぁ。  しかし、そのあと、ゲーム続行が不可能になりそうな事態になった。 「あっ、タバコ切れた。買ってくるな」  そう言って、猛が小銭入れ持って立ちあがる。  僕と蘭さんは同時に「あッ」と言った。 「えっ? なんだよ?」 「いや、別に……」  ぜんぜん、じゃない。  そのカッコで行くの?——と言いたい。もちろん、言わないけど。  蘭さんはさすがだ。  すぐさま、ごまかした。 「コンビニ行くんなら、アイス買ってきてくださいよ。僕の好きそうなやつ、二、三個、お願い」 「いいけど、おまえら、今日、なんか変じゃないか?」 「なんで? はい。お駄賃」  と言って、蘭さんは一万円札を猛の手に、そっとにぎらせる。 「行ってらっしゃい」  にっこり笑って送りだす。  猛も万札にぎらされて、喜んで出ていった。 「どうすんの? アレ」 「猛さんがカードの存在に気づいたら、その時点でゲーム終了ってことで」 「あっ、ズルイ! 蘭さん、勝ち逃げする気だ」 「どんな手を使ってでも勝つ。それが勝負ってもんです」  はあ……やっぱ、最初からムリがあったか。  僕はあきらめて洗濯物をとりこんだ。夏場は乾くの早くて助かるなぁ。  たたみ終わったころに、猛が帰ってきた。 「……ただいま」  なんとも神妙な顔つきをしている。 「おかえりぃ。どうしたの? 浮かない顔して」 「道行く人がみんな、おれ見て『誕生日、おめでとう』って言うんだ……おれ、変な世界に迷いこんだかな?」 「えっ? 近所の人でしょ? みんな、知ってるからじゃないの?」  ごめん。猛。  誕生日の恥はかきすてだよ!  僕は頭をかかえてる猛に、たたんだ洗濯物を渡した。 「はい。これ、兄ちゃんのぶん。部屋、持っていっといて」 「ああ……」  よかった。なんとか気づかれなかったみたいだ。  まあね。自分の背中は見えないし。  と思ったが、まもなく、猛の部屋から叫び声が聞こえてきた。  あっ、バレた。 「なんだ、これ? いつから、こんなもん……蘭! おまえだな? 薫もかっ?」  猛は白や黄色のバースデイカードが山ほど貼りついたTシャツを手に、廊下に出てきた。  どうやら、外出て汗かいたんで、着替えようとしたらしい。  蘭さんが笑って宣言する。 「ゲーム終了! 僕の勝ち」 「ゲームって、勝ちって……何やってんだ。あっ、だから、今日はやたらにひっついて——」  猛はため息ついたあと、僕と蘭さんを交互に見た。  そして、笑いだす。 「おまえら! やってくれたな」  猛は笑いながら、僕と蘭さんの頭に手をかけた。グリグリやられて、僕たちも笑った。 「じゃあ、僕が勝ったから、猛さんの言うこと、なんでもきいてあげますよ?」と、蘭さんは言う。 「蘭は早く、夏バテ治せよ。それが一番かな」 「ええっ、どうやって治すんですか? 食欲ないんですけど。栄養ドリンクが僕の夏の主食」 「じゃあさ。僕がゼリー作ってあげるよ。高級フルーツ入りの。果汁百パーでさ。お金かかるけどね」と、僕は言う。  蘭さんはゲームに勝ったんでごきげんだ。 「うん。じゃあ、お願い」  よかった。これで少しは、よくなってくれるかな?  その夜は焼肉パーティー。  そのあと、恒例のプレゼント贈呈。  いつもの猛の誕生日だ。  それにしても、ほんとはゲーム勝ったの、僕なんだけどね。  蘭さんが上機嫌で、お肉を食べて、執筆のために二階へあがっていったあと、猛が言った。 「かーくん。白が一点で、黄色が十点。赤は五十点だったんだろ?」 「うん」 「なんで、だまってたんだ」 「まあ、蘭さんが喜んでくれたほうが嬉しいし」  そう。僕は赤いカード一枚、猛に渡してる。  いつ渡したかって?  洗濯物だ。洗濯物のなかに、赤いカード、はさみこんどいた。  蘭さんは黄色と白だけだから、合計で四十点。  僕は五十点。  ほんとは僕の勝ちだ。  でも、大事なのはそこじゃない。  猛は僕を見て微笑んだ。  こつんと、僕のおでこに、自分のおでこをぶつけてくる。 「おれのお願い、なんでも聞いてくれるんだろ?」 「ああ、そうだったね。勝った人がきくんだよね」  猛はささやいた。  聞きとれるか、聞きとれないかの小さな声で。  来年も、いっしょに誕生日を祝おう——と。  僕は切なくなった。  兄にとっては、それが何よりの願いなのか。  来年も、再来年も。  ずっと、いっしょにいたいね。  運命のゆるすかぎり。  とりあえず、兄ちゃん。  誕生日、おめでとう——  了
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