第八話 シュークリーム消失事件

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 さて、シュークリーム。  買ってきたのは、今日の午後だ。  このころの僕の仕事はヒマな事務所の電話番だ。一日じゅう時間をもてあましていた。昼食のあとすぐ買い物に出かけて、その間、家にはいなかった。  帰宅したのは三時すぎだ。その途中、最後にコンビニによって、そこにしか売ってないプレミアムシューを買った。自分へのご褒美だ。一人で買い物えらいね、かーくんって。  で、重い荷物持って帰ってきて、食品はすぐに冷蔵庫へ。このとき、シュークリームもいっしょに冷蔵した。まちがいない。なぜなら、わざわざ、つぶれないように、一回、場所を置きかえたからだ。重いマヨネーズの下にならないよう卵のよこに。  だから、別のどっかに置いたとか、袋に残ってるとかじゃない。確実に冷蔵庫のなかである。 「僕のシュークリームを最後に目撃した人、誰?」  容疑者Aがにぎりこぶしを口元に持ってきて考えこむ。 「兄ちゃんが見たのは、麦茶とりだしたときだな」 「何時ごろ?」 「三時半?」 「僕が縁側でミャーコとたわむれてるときだね」  そうだ。ミャーコと遊びながら、途中で一回、大阪の友達の三村くんに電話をかけたんだった。今日は遊びに来るって言ってたのに、なかなか来ないからだ。そしたら、昼寝でもしてたらしく、寝ぼけた声でムニャムニャ言ってた。あの感じなら、来るのは夕方以降だろう。 「僕は四時すぎにマンゴージュース飲もうと思って、冷蔵庫あけたけど、シュークリームは見なかったですよ?」と、容疑者B。蘭さんがそう主張する。 「四時すぎか。僕が洗濯物とりこむために、二階のベランダにいたころだね」  そして、それが終わって、四時半に見たときには、シュークリームは消失したあとだった。 「そうか。犯人は三時半から四時までの三十分のあいだにシュークリームを盗んだんだ」  すると、容疑者AとBは顔を見あわせた。 「猛さん。その時間、僕ら、居間でいっしょでしたよね?」 「そうだな。テレビ見ながらゴロゴロしてた」  ええー! 容疑者二人にアリバイが! 「そうだ。やっぱり犯人は兄ちゃんだよ。麦茶飲むとき、こっそりシュークリーム食べたんだ! だから、次に蘭さんが見たときにはなくなってた」 「でも、かーくん。それ言うなら、蘭がマンゴージュース飲むついでに菓子を食ったかもだろ? なかったって嘘ついてるんだ」  うーん。どうにも堂々巡り!  すると、そのとき、カチャリとキッチンのドアがあいた。 「うぎゃー! オバケー!」 「なんでやねん。おれや」 「なんだ。三村くんか。やっと来たんだね」 「お? おお……」  なんで、よりによって、たてこんでるときに来るかなぁ。  まあいい。犯行時間、三村くんは電車のなかだ。瞬間移動かタイムトラベルでもできないかぎり、三村くんは確実に白。  ちなみに、うちは京都五条。梅田から阪急乗ってきたとしても、五十分はかかるからね。僕が電話かけた三時半には、三村くんは自宅だったし、これ以上ないほどのアリバイがある。  今は犯人をつきとめることが先決だ。 「犯人は兄ちゃんなの? それとも蘭さんなの? 正直に言ってー!」  こうなればもう犯人の自白に頼るしかない。  僕が得意の泣き落としにかかろうとした、まさにその瞬間だ。 「かーくん。犯人がわかったよ」  探偵(兄ちゃん)が言いはなった。  *  な、なんだって? 真犯人がわかった? 「兄ちゃん。やっと白状する気になったの? 今ならプレミアムシュー二個でゆるすよ?」  猛はフッと白い歯見せて笑ったね。 「バカだなぁ。かーくん。犯人は兄ちゃんじゃないよ」 「じゃあ、誰? 蘭さん?」  猛はゆっくりと首をふる。  ここからは兄の解決編だ。五分でお願い。はい、どうぞ。 「真犯人はコイツだ!」  猛が指をつきつけたのは、なんと、三村くんだ。 「えっ? 三村くん? それはないよ。兄ちゃん、自分が食ったからって、三村くんのせいにしちゃダメだよ」  チッチッと猛は指をふる。 「そもそも、かーくんはなんで、三村が犯人じゃないって思うんだ?」 「だって、たった今、うちに来たんだよ? 大阪から京都まで、乗りつぎや徒歩の時間もよせたら、一時間半はかかるよね? それで、三時半には自宅にいたから、四時にうちで犯行は不可能だよ」  不可能犯罪。  さすがの名探偵猛も、今回ばかりはお手あげか?  てか、自分が食ったんだよね? 「それが、そもそも違うんだよ。かーくん」 「何が?」 「だから、三村が今うちに来たっての」 「えっ? だって、さっきまでいなかったし」 「いたよ。三村はずっと、おれの部屋にいた」 「えっ?」  すると、三村くんがアクビしながら自白した。 「昼からおったで?」 「ええー!」 「猛の部屋で昼寝しとった。かーくん、いっぺん、おれのスマホに電話かけてきたやんか」 「あのとき、すでに、うちにいたの?」 「おったで」  な、なんてことだ。そうなると、ぜんぜん構図が違ってくる。  猛がもっともらしく、うなずく。 「そう。三村はかーくんが買い物行ってるあいだに、うちに来てたんだ。そのあと、ずっと、おれの部屋にいた」 「なんで、そのこと教えてくれなかったんだよ!」 「起きてくれば、勝手に顔出すと思ったから」  たしかに電話かけたとき、三村くんは自宅にいるとは、ひとことも言わなかった。ムニャムニャじゃわかんないよ!  ハッ! まさか、あのとき目がさめて、「喉かわいたわぁ」とか言いつつ、キッチンへ行ったんじゃ?  僕、あのあと二階にあがったもんね。そ、そうか! そのすきにかぁ!  すると、真犯人がいけしゃあしゃあとつぶやく。 「なんやいな。さっきから、ガチャガチャさわいどんなぁ」 「……僕のシュークリームがないんだよ」 「あっ、あれ。かーくんのやったんか。食ったで。小腹へっとったんでな」  やっぱり! 「猛。逮捕して」 「三村鮭児(みむらけいじ)。午後四時五十二分。窃盗の容疑で逮捕する」 「お縄はかんべんしてぇな」 「まっとうになるんだぞ」  こうして、東堂家のシュークリーム消失事件は解決した。  真犯人(三村くん)には、プレミアムシュー三個おごらせたのであった。  了
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