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第十話 ミャーコには見えてる事件
京都五条の町屋。
今日はお休みだ。自宅の探偵業がさっぱり儲からないんで、アパレルショップでバイトし始めて、早うん年。
やっぱり、休日はいいよね。のんびり朝寝坊もできるしさ。
ところがだ。そのまったりした昼前の空気が、とつぜん、かき乱された。庭からものすごい鳴き声が聞こえてくる。
「ミギャー!」
なんだ? あれ? 化け猫か?
いや、違う。さすがに、いくら怖がりでも、あれはわかるぞ。うちの愛猫、ミャーコが怒ってるときの声だ。
なんだろう? ミャーコがあんなに興奮して、庭に何かいるのかな?
僕は自室をぬけだし、縁側に出た。雨戸はあけっぱなしなんで、ガラス戸から庭が見えている。
毛を逆立てた怒りマックスモードのミャーコが、亡きじいちゃんの丹精した庭を縦横無尽にかけまわってる。
それだけじゃない。庭木に隠れてよく見えないんだけど、黒い影が一瞬、よぎった。
「兄ちゃん! 兄ちゃん!」
僕はすぐさま縁側をはいだして、助けを呼んだ。こんなときには猛に頼るしかない!
「兄ちゃん! 今、ミャーコが庭で、なんか追いかけてる!」
猛はのんびり居間から顔を出してきた。僕の休日には朝食をカップ麺や冷凍食品ですまして、朝寝坊させてくれる優しい兄だ。いや、本来なら食事係交代制でもいいくらいなんだけど……。
「どうせカエルとか、雀とかだろ」
「違うよ! もっと大きい音がした!」
するとだ。猛はニカッと白い歯を見せる。
「かーくん。猫には人間に見えないものが見えるって言うよな」
「やめれぇー! 怪談反対!」
すきあらば僕を怖がらせようとするんだから。まったく……。
「まっ、となりのミケでも入ってきたんだろ」と、猛は無関心だ。腹が減ってるのかもしれない。空腹だと食べ物のことしか考えられなくなるらしい。
「もっと大きい影だった……」
「ふうん。泥棒かな?」
泥棒! その現実的な響き!
幽霊はもちろん怖いけど、泥棒は泥棒で怖い。
「怖いよ! 兄ちゃん!」
「よしよし。かーくんは何歳になっても可愛いなぁ」
「そんなこと言って、泥棒だったらどうするんだよ?」
「それもそうだな」
猛はやっと立ちあがって、庭をのぞいた。
「うーん。たしかに、ミャーコはあばれてる」
「でしょ?」
「シャーッ! シャッ!」と、ここまで興奮した鳴き声が聞こえてくる。
すると、そのときだ。
猛が神妙な顔つきになる。
「あそこに誰かいるぞ。松の木のかげ」
「えッ? 僕には見えないけど?」
「かーくん……猫には人間に見えないものが——」
「そういう冗談いらないから!」
とは言ったものの、ほんとは鳥肌立つほど、ゾォッとしてた。
それにはわけがある。じつは数日前にこんなことがあった。
ミャーコは掃除機が嫌いだ。僕が掃除機かけてると、いつも、シャーシャー言って攻撃してくる。可愛い愛猫ではあるんだけど、掃除に時間かかるだけだから、心底やめてほしい。
なので、僕は居間にいるミャーコを二階につれていくために、なにげなく、だっこした。そのまま廊下に出て行く。階段の奥の壁に姿見がかけてある。どこにも置き場なくて、すみへ、すみへと追いやられた哀れな鏡だ。
ミャーコがその鏡をよくのぞいてることは知っていた。僕はサービスのつもりで、階段の裏にまわる。
「ほら、ミャーコ。鏡だよぉ」
「みぎゃっ?」
「わっ! 何、ミャーコ? なんで暴れるの? 鏡、好きだろ? いっつも首かしげて見てるじゃん」
「シャーッ! シャッ、シャッ!」
「だから、それ、ミャーコだって」
「ミギャーッ!」
「ミャーコぉー」
というようなことがあったわけだ。
あのとき、僕の目には、鏡に映る僕とミャーコしか見えてなかった。だけど、もしかしたら、ミャーコにはそれ以外の何かが見えていたのかも……?
「に、兄ちゃん……」
「だから言ったろ? 猫には見えるんだよ」
うう……。
オバケ確定か? ヤダな。
と、そのとき。
ガラリ——
いきなり、玄関のガラス戸があいた。
「ちぃーす。遊びに来たで」
三村くんだ。大阪の友達。また来たのか。ほんとによく遊びに来る。
すると、三村くんの口から意外な真相がとびだした。
「やぁ、かなんな、もう。ミャーコ、いいかげん、おれのこと追いかけまわすのやめてほしいわ」
「おう、鮭児。ひさしぶり」
「てか、猛。さっき見とったやろ? 早よ助けろや」
「いやぁ。なんか面白かったから」
ハハハときさくに笑う兄。
なんですと? 見てた? まさか、さっきの松の木の影ってやつか?
「……兄ちゃん。三村くんなら僕にも見えるからね」
何が猫には見えてる、だよ。もう!
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