第十一話 異世界から来たスライム事件

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第十一話 異世界から来たスライム事件

 その悲鳴は真夜中に、とつぜん響きわたった。 「にゃあーーーーっ!」  ん? なんだ? 今の?  僕は布団のなかで、パチリと目をさます。電光表示のデジタルクロックを見ると、夜中の三時半だ。さすがに寝てたよ。  なんだろう? ミャーコ(愛猫)か? にゃーって言ってたし。  僕は寝ぼけまなこをこすりつつ、起きだした。ミャーコだって、あんなにさわぐなんておかしい。ミャーコはふだん静かにハンティングする子なんだよね。虫か何か入りこんだにしろ、雄叫びをあげるとは思えなかった。  ガラリ——  ガラリ——  ふすまをあけると、ちょうどむかいの部屋から兄の猛も出てくる。ついでに言えば、一呼吸置いて、となりの居間のふすまもあいた。今夜は大阪の友達、三村くんが泊まってる。  三人で寝ぼけ顔をならべる。 「かーくん。夜中にさわぐなよ」 「僕じゃないよ」 「にゃーって言うたで。ミャーコやろ?」 「猫にしては声が人っぽかった」  セリフは上から、猛、僕、三村くん、猛だ。  僕らはボーっとしたのち、ハッと気づいた。 「蘭さんっ?」 「蘭だな」 「蘭しかおれへん」  そう。京都五条の町屋。亡きじいちゃんが僕ら兄弟に遺してくれたこの家には、今現在、もう一人、住人がいる。  蘭さんだ。わけあって、うちに居候。というか、ふんだんな食費を出してくれてるから、実質、僕らの救世主だ。  圧倒的美貌の持ちぬしなんだけど、どうした? 夜中にシャウトする癖はなかったはずなんだけどな。 「おーい。蘭さん」 「なんかあったか?」 「どないしたんや」  僕らはゾロゾロ階段あがって、二階の蘭さんの部屋へ行く。  二階にはせまい物置のほか、この一室しかない。あとはベランダに出ていくドアね。廊下のつきあたりにあって、ちょっと遠いんだよね。 「おーい。蘭さん?」  もとは和室なんだけど、畳の上に絨毯(じゅうたん)しいて、洋間のように魔改造(魔改造って言ってみたかっただけ)された室内は、照明でこうこうと照らされている。  蘭さんは壁ぎわのデスクの椅子に、両足あげて体育ずわりだ。  本職がミステリー作家なんで、蘭さんはいつも夜明けごろまで、一人で起きて執筆にいそしんでる。だから、起きてることじたいは、ふつう。それにしても麗しの白皙(はくせき)をひきつらせてるな。 「蘭さん? おーい?」  僕は蒼白のキレイなお兄さん(お姉さんであってほしかった)の目の前で両手をふってみた。やっと反応が返ってくる。 「……何かがいるんです」 「えっ?」  しまったな。そういえば、今年はまだ梅雨入り前だから、バルサンたいてない。よりによって、虫嫌いの蘭さんの部屋に、夏特有の黒い虫が出てしまったのか……と、僕は思った。キッチンから一番遠いから、ここまで出ることは、基本、ないはずなんだけど。 「えっと、ごめんね。今度、バルサン買ってくるから」  すると、蘭さんはふるふると首をふった。 「ソレじゃなかったです」 「じゃあ、どんな?」 「冷やっこくて、ゼリーみたいな感触で、伸びちぢみするんです」 「えっ?」  なんだ、それ? 少なくとも虫ではなさそう? 「冷やっこいの?」 「僕が原稿に没頭してたら、何かが足にさわったんです! 冷たくて、ぬるっとして、ピッタリひっつく感じ!」  それ、オバケなんじゃ?  僕は別の意味で、ゾォッとする。 「兄ちゃん! オバケがいる!」 「かーくん。落ちつけ。オバケなら物質じゃないから、さわれないよ」 「そんなことないよ! オバケにつかまれたとこにアザがさ。よくテレビで——」 「かーくん。ちょっと黙っとこうな?」 「う、うん」  うむを言わせぬ兄の口調に、しかたなく僕は黙った。でも、内心、僕のなかでは犯人はオバケに決定だ。  猛が蘭さんに問いかける。 「伸びちぢみってのは?」 「一瞬、緑色の影が見えたんです。最初は四、五センチしかなかったのに、ヒュッと飛んだとき、十センチかそれ以上に伸びました」  ん? 五センチ? オバケにしちゃ小さいな。ちっこいおじさん的なやつかな? 「冷やっこい、緑、ゼリー……それ、スライムちゃうか?」と言ったのは、もちろん、三村くんだ。なんか、すっごいって顔してる。  僕は思わず聞きかえした。 「スライム?」 「せや。異世界から、こっちに逆転移してきたんや!」  スライム……異世界転移……。  なんか、うちが超常現象にまきこまれてる!
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