第2章 誰かが決めた筋書きに従う気はありません

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6.エリーヌ、好感度上げに励む(SIDE エリーヌ)  エリーヌの成績が、目覚ましく向上した。  基礎教養である作法や所作、儀礼の知識はまだまだだけど、歴史や文化、地理に政治経済は、なんとか講義についてゆけるレベルにまでなっている。 「セスラン様、わたし今日先生にほめられました! ずいぶんがんばったねって」  褒めて褒めてのオーラ全開で、セスランの周りをくるくると回ってみせる。エリーヌの自慢の髪は白に近いふわふわの銀色で、セスランにはきっと雪の色をした子猫がじゃれているように愛らしいと映っているはずだと思う。確か「エルドラ」のセスランルートでは、そんなセリフがあった。  ミントのソーダ水がはじけるような、元気な緑の瞳をいっぱいに見開いて、セスランの胸元にぎりぎりまで近づく。そして見上げるのだ、自慢の緑の瞳で。白銀の長いまつ毛を幾度か上下させることも、忘れない。 「これもセスラン様が、ずっとそばで励ましてくださったおかげです。わたし、うれしくって」 「成績が上がったのなら、それは良いことだ。よ……く……、がんばった……な」  いかめしいもの言いばかりするセスランが、誉め言葉を口にするなど滅多にないことだとエリーヌは知っている。  たとえそれが、つっかえつっかえの棒読み状態のものだとしても、それは(ひとえ)に照れによるものだ。「エルドラ」、ゲームの中でもそうだった。 「でもぉ……」  しゅんと、エリーヌは眉を下げる。 「パウラにちょっと悪いなぁって思うんです。わたしばかり、こうして応援していただいて。いいのかなぁって」  パウラを呼び捨てにしたのは、セスランを試すためだ。初めての謁見で、呼び捨てを(たしな)められた屈辱を、エリーヌは忘れていない。  今、セスランはほぼ毎日のようにエリーヌの様子を見に来てくれる。ゲームと違って好感度のパラメータは見えないけど、きっとかなり上がっているはずだ。 「パウラ、きっと寂しい思いをしてるんだろうな」 「エリーヌ、お前はよく努力している。だが礼儀作法は、今少し努力が必要だな」  ぎこちないひきつった微笑を浮かべながら、セスランはゆっくりと続ける。 「パウラが特に許さない限り、名前を、まして呼び捨てで呼ぶなど、礼儀に反することだ」 「わかってますよぉ」  ふっくらとした頬をぷうっとふくらませて、エリーヌはそっぽを向いた。  パウラをまだかばうとは。ゲームのとおりなら、パウラ呼びを注意などされなかったのに。 「でもぉ、もっと身分の高い聖使様たちは、みんな名前で呼んで良いと言ってくださいます。なのにパウラは、名前で呼んでいいと言わないんです。わたしはただ……、いっしょに頑張るお友達として、仲良くなりたいだけなのに」  はぁ……と、セスランがため息をつく。見事な赤毛の頭を振って、もう何も言わなかった。  同じことを、エリーヌは他の3人の聖使にもやって見せた。感触は上々で、3人が3人とも、エリーヌの頑張りをほめてくれた。  特にあの無口なアルヴィドが、エリーヌには積極的に話しかけてくれる。 「成績が上がっているそうだな。なによりだ」  とか。 「おまえの頑張りには……、その……、頭が下……がる」  とか。  4聖使の中でもダントツで口の重い彼が、自ら積極的に話し出すのは好感度が140を超えたあたりからのはず。  200がマックスの好感度の7割を、エリーヌは既に超えているらしいとわかる。 (狙いどおりよ。セスランとアルヴィドを押さえて、ホントならここでセーブしたいとこだけど。シモンとオリヴェルは、好感度120~130ってとこかな。まぁまぁね)  それでは本気で攻略にとりかかろう。  好感度の高さとチョロさから、まずはセスランルートか。  セスランルートは、試練の儀の後半の実践課題で好感度がマックスになったはず。  たしか南の大陸ゲルラに降りて、そこを視察する課題があるはず。  同行者はセスラン、シモン、それにパウラの3人だった。途中、白虎の一族に襲われて、ケガをしたパウラをシモンが先に連れて帰る。エリーヌをかばったセスランがケガをして、看病しながら一晩を過ごすイベントがくる。このイベントに成功すると、二人が抱き合う美麗スチルがあった。  あれをリアルで体験できるのだ!  そのスチルが出た後、好感度は180を超え、セスランからの告白可能性がぐっと上がる。 (どうしても成功させなくちゃ)  万が一、失敗してもアルヴィドの好感度は、140を超えている。こちらに切り替えれば良いだけだ。  大丈夫よ。きっとうまくいく。  だって彼女はエルドラのヒロインだ。  それぞれのルートの選択肢は、頭に入っている。  ふ……と、微かな不安がよぎる。  ほとんどのことはシナリオどおりで、4人の聖使はエリーヌの味方で毎日のように彼女のもとへ来てくれる。パウラには仕事の依頼以外で、話しかけたりする様子はない。  ゲームのとおり。  だけど微妙に、ほんのわずかに、ゲームのシナリオと違うことが起こる。  たとえばセスランにパウラ呼びを注意されたこと。たとえばエリーヌにだけ、補講が課されたこと。  小さなことで、ゲームの進捗にさほどの影響はないが、シナリオ外のできごとには違いない。 (まぁ良いわ。セスランルートでエンディングになるんだから)  もうじきあの大甘な、あまあまでろでろのセスランが見られるはず。  エリーヌに夢中になって、昼夜問わず彼女の部屋へおしかけて愛を囁くセスランを、もうじき。  にへらっと、唇が緩む。  明日の課題の予習などすっかり忘れて、選択肢の確認にエリーヌは励む。  攻略法をまとめたマル秘ノートは、既に何度も読み込んだせいでボロボロになっているが、これを見ている時が1番楽しい。  万が一にも負けたくない。  何もかも全て持っていて、当然のようにエリーヌを見下してくるパウラには。  最後には笑いながら言ってやる。  「聖女オーディアナには、パウラの方がずっと相応しいんですもの」  きっと胸がすく。
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