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「僕はいつまで生きるんだろうな」 青年はぼんやりと呟き、遠い空に真っ直ぐと昇っていく煙を見上げた。 青年の銀色の髪が風に揺れ、流暢な日本語に対し、その姿は異国の人のようだ。緑がかった瞳は伏せられ、今にも消えてしまいそうな儚さが漂っている。 彼が手にしている写真は、随分と色褪せていたが、そこには、今と変わらぬ姿の青年と、同じ歳の頃の青年が、車のボンネットに乗って、ふざけてポーズを取っている写真がある。 「君は、随分と歳を取ったっていうのにね」 時代は変わり、社会は変わり、人は移ろいでいく。でも、彼だけは何も変わらない。友人の葬儀も、昔と変わらぬ姿で、こっそりと遠くから偲ぶだけだ。 「そろそろ行こう」 「宜しいんですか」 背が高くがたいの良い男が、銀色の髪の青年に尋ねる。きっちりとスーツを着込む姿は、銀髪の青年よりも年上に見えた。 さっぱりと切り揃えられた黒髪に、かしこまった口調。サングラスをかけているので、その固い口調からは男の感情が読みづらかった。それでも、銀髪の青年にはちゃんと気持ちが通じているのだろう、まるで彼を気遣うように青年は頬を緩めた。 「うん、僕には、やらないといけない事があるからね」 その言葉に、よし、と気合いを入れるのは、茶色い髪の青年だ。髪の根元部分が銀色に染まっており、長くなってきた為か、後ろにちょこんと髪を結っていた。 すっかりジャケットも脱ぎ捨て、出で立ちも言動も雰囲気も軽やかな青年だ。 「準備は出来てるよ!」 軽やかな青年はそう言いながら、ポンと銀髪の青年の背中を叩く。まるで支えるような温もりに、銀髪の青年は、どこかほっとした様子で肩を下ろした。 「さすがだね。あとは、役者が必要だ」 「よっしゃ!それじゃ、愛しのお姫様の元へ向かいますかね!」 明るい声に、やれやれと肩を竦めながらも、銀髪の青年の足は、幾分軽やかだ。 三人を乗せて、車が走り出す。古いイタリアの車、1962年式のアルファロメオジュリエッタ、あの写真に写っていた車だ。 よくこの車に乗って、日本中をドライブした。あの楽しかった日々は、自分をただの人間にしてくれた気がする。それもこれも、分かち合える友がいたからだ。 「…君も寂しくなるね」 後部座席で、車のシートを撫でながら銀色の彼が言う。 車は喋らないが、きっと故人を偲んでいるに違いない。青年は心の中で、僕もだよと呟き、車窓に広がる青い空を見上げた。 大きな決意を、その胸に秘めて。
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