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トーナメント決戦前夜。僕はこっそり抜け出していた。行き先は。
「やぁ、こんばんは」
「……誰?」
非実在少女のところ。
もう慣れたものだ。拠点の学校を抜け出すことも、非実在少女の居所へ行くことも。
『今回』の少女とは初対面だ。ヤツと通話しているときすら、僕は気配を消していた。もっとも、少女にしてみれば、研究所のセキュリティAIから防犯カメラをハックして兄の、いや、父の? とにかく様子を覗くことくらい容易いことだろう。
証拠に。
「あ、お兄ちゃんといた人だ!」
少女はこう言った。再度注釈するが僕と少女は『今回』はまだ初対面だ。僕は苦笑した。一見、変哲の無い少女だ。齢で高校生くらいか。僕と変わらなそうな。静観する僕へ離れたところにいた少女は駆け寄って、腕を取る。
「お兄ちゃんと、友達なの?」
どう鑑みても、無邪気に笑う少女が作り物とは思えない。けれど取られた手から感触は在るのに、温度は伝わって来ない。空気中にも熱は在るとヤツは言っていたのに、体温は与えられなかったのか。あるいは熱を与えると瓦解してしまうのだろうか。生物の熱源はミトコンドリアだっけ? ……次が在ったら訊いてみよう。
何せ、機会は無限に在るんだ。僕は我知らず自己を嘲笑していたらしい。少女が、きょとん、と僕を見上げた。
「……」
「あ。ごめん、ごめん」
僕は放置してしまった少女に謝った。少女は「ううん」首を振った。良い子だな、と思う。
きっと、純粋に良い子なのだろう。いつもそう実感する。どっかの名君の皮を被った市長が、莫迦なことしなかったら、こんなことはしなかっただろう。
市長が少女に吹き込んだ戯れ言が、今の状況を引き起こした。『前回』少女は僕に言ったもの。
「お兄ちゃんが、どっかに行かないように、私はここにいるんだって……。私……お兄ちゃんに、どこにも行ってほしくなくて……お兄ちゃんがどこにも行かなかったら、またいっしょにいられるかなって……」
置いて行かれたくなかったの。零した少女は、一途に兄を求めていただけだ。
「……」
その後が良くないけどね。
化け物は……市長の案だった。
自身のやらかした失敗を表沙汰にさせないために、また少女を使った。化け物で殺し合いをさせれば良い、とはよく考え付いたものだ。人間は化け物に再利用されても、化け物の再利用はされない。分解されたら、それ限りだ。ゆえに、化け物を倒して行けば自ずと減る。
少女の産みの親でも在る、ヤツはヤツで少女の罪を上塗りする形で、ゲームの仕様にして自らを根源と偽って宣言するし。強ち嘘じゃない分、質が悪いって言うか。
少女に、ヤツは自分が負けたら黒い染みを解除することを命じていた。万が一化け物が残っていても、黒い染みが消滅すると同時に分解される手筈だった。
「あの……」
不安げな瞳が、僕を注視する。僕は少女の頭を撫でた。
「大丈夫。明日で終わりだよ」
少女の顔が強張った。言葉が足りなかったなと反省した。
「きみのお兄ちゃんと、僕の仲間が戦うんだ」
「……っ」
少女がぎゅっ、と掴んでいた僕の手を放し、胸の前で固く拳を作る。僕はもう一度少女の頭を撫でた。
「戦ったあとでね、きみを捕らえているおじさんを、倒しに行くよ。お兄ちゃんとね」
ま、直接倒すのは僕じゃないけどね。肉体労働は性分じゃないんだ。少女が目を瞠って僕を仰ぐ。僕は微笑む。
「お兄ちゃんのところに、帰してあげる」
全員生還でこのループが終わるとしたら。
彼女もヤツも、生かして、望む形で終わらせなければいけない。
エンディングメーターを、ちらと見上げる。どうも、エンディングメーターは現在、僕にしか見えないらしい。
最初は誰にでも在ったのかもしれない。だけどこの事態の最初の優勝者が僕であったことで、僕がプレイヤーとして固定されたみたいだった。
加えて、賞与特典はループする力と決まっている訳では無いらしい。
何回目だったか、ついでに賞与特典ついてヤツや少女に尋ねたとき。
「賞与特典については、特に定めていないよ」
と宣っていた。つまり、僕が優勝した時点でループする能力……リセットする能力が正しいのか……に決まったと言うことだ。あと、それとなく伏せて、ヤツにループについて訊いてみた。いや、適当に「こんな固有スキルは在るものだろうか」みたいな体で。
そうしたら食い付く食い付く。あんまり面倒だから、要点だけ纏めさせた。
「ループねぇ……。ループにも、様々なパターンが在るよ。時間軸を遡る、並行世界を移るとか」
時間軸を遡るタイプは、世界には人それぞれ分岐点が在って、その分岐点に選択する前に戻るもの。
並行世界を移るタイプは、この分岐の前の段階で存在する、異なった可能性を結果とする世界に移動する、と言うもの。
イマイチ、ピンと来ていない僕に「えーとね、」ヤツがタブレットを出して、噛み砕いて解説し出した。僕が戦闘外でヤツの研究所へ訪ねたときのように、図解を始めて。
「こうやって、一本線が在るじゃない」
タブレットの緑色の液晶に、薄い黄緑の線が引かれた。
「ここを、分岐点とすると、」
線の上に、丸がぐるぐる作られる。
「ここから、こうして、線が出来る訳。コレが選択肢」
ぐるぐるの丸から、別の線が延びた。
「時間軸を遡るならこの丸に、並行世界ならこの線の何れかに移動する訳。わかった?」
ああ、成程、と僕は得心しつつ、だから何なんだろう、と思った。
ヤツは他にも、シュレディンガーの猫がどうの、量子論がどうのと力説していたけれど。僕は素直に一蹴した。
「莫迦なの」
僕が訊きたいことは、それじゃないので。改めて問い直すと、ちょっと機嫌悪そうに唇を尖らせヤツは答えた。
「空間を歪めている時点で、不可能じゃない」
要は、スキル自体、無いとは言えないそうだ。ただし、因果律を歪めているので。
「……」
もし意図しないループだとしたら、コントロール出来ないなら、単純な解決は望めない、とも告げられた。
「……」
「『今回』は、助けてあげる」
『次回』は約束出来ない、そんな意味だった。
少女には意味不明だろう。だけれど、少女は殊更追及することは無かった。これ以上僕は余分なことは喋らず、明日の作戦内容を伝達する。
「……わかった?」
僕が質すと、少女はこくん、と首肯した。僕も頷く。
「良い子だ」
僕は少女の頭を撫で、立ち去ることにした。現状、ここに誰もいないことは確認済みだけど、用心に越したことは無い。挨拶して、退出しようとしていると、少女が物言いたげにしているのに気が付いた。「何?」僕が問うと、少女は口籠もりながら。
「変な人だなって」
「……」
失礼な。やはり兄妹だなと思ったが黙っていた。少女は僕の機嫌を些少損ねたことを感付きもせず、続けた。
「私の設定年齢と変わらない風に見えるのに……お兄ちゃんより大人に感じたの……だから……変だなって」
「……」
変な人、はそう言うことか。僕は笑って教えてあげた。
「きみと、似たようなものだからね」
数え切れない程のシミュレートで、思考パターンを得て来た少女。
僕も、数えるのをやめた程度には、この一箇月を生きているから。
皆がリセットされる中、記憶の在る僕の精神は記憶が在る分、老成しているみたいだった。
当然と言えば、当然か。
「……」
「じゃあ、明日」
『今回』のきみと会うのが、どうか最後では在りませんように。
僕は少しだけ願いながら、少女のいる場所を後にした。
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