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【 >LOAD GAME:1 】 「何だよ、アレ……」  僕ははっとした。僕は友人と屋上にいて、友人の呟きに目線をやれば────橋の向こうが、黒く染みみたいなものに覆われて行くのが見えた。 「……ぇ?」  友人がいる。帰り支度をしている。何だこれ夢? 『二回目』の僕は、そう、混乱した。  だって、あの日のままだからだ。一箇月前、高校一年三学期の終業式を終えて、屋上で駄弁っていた僕と友人が黒い染みを見たとき─────。 「……」  何が起きたんだ?  僕は自分を見返す。一箇月、トーナメントで勝ち抜いた僕の衣服は最早制服ではなくなっていたし、身体も傷だらけぼろぼろで、指先も絆創膏やらテーピングやらされて、ぼろぼろで。  けれども、僕の指はきれいだった。爪切りで整えただろう爪は一つも割れておらず、汚れてもいなかった。手のひらには戦闘で負った傷の痕が幾多も走っていたのに、一切残っていない。  僕は、唖然としていた。友人が黒い染みを見て呆然とする傍らで。  長い夢を見ていたのだろうか。一瞬で? あの一箇月は白昼夢だったとでも? 「……う、そだろ……?」  あんなに、リアルだったのに? 痛みも、苦しみも、つらさだって。でも。僕は足元のバッグに差した影を目線で辿った。 「おい……大丈夫か」  気遣わしげに僕を窺う友人。友人の息遣いも、気配も、紛うこと無く、本物だった。 「不自由無いったって、冗談じゃないよなぁ」  教室で、他のクラスメートと携帯ゲーム機で対戦しつつ、友人は疲労を滲ませ笑っていた。あれから三日。市長の発表も、調査結果もまったく同じだった。僕は一人、気分が悪かった。いったい全体どうなってしまったのか。  僕が夢中で、手探りでやって来た一箇月は何だったんだ、と、初日は夜も眠れなかった。  僕は状況が把握出来ないでいた。誰かに聞くことも考えた。けど、言えることは何も無い。無事な校舎。何事も無く避難している人々。僕にすら一片の形跡も無いのに、 「膜が覆って、メール受信して、トーナメントが」 などと言い出せば、頭がおかしい人間だ。  散々悩んだ揚げ句、黒い染みが出現した日の翌日、僕は彼女を捜した。友人に 「なぜ彼女を捜すのか」 訊かれたけども、答えられなかった。喋ることは叶わなかった。  だって、何て言うんだ。 「変な化け物が出て、お前が死んで、一箇月いろんな人とも戦うことになって、黒幕を倒すんだ」 って? 僕自身が理解出来ていないことをどう説明するんだ。  何より友人が死んだことを本人には伝えたくなかった。  結局、広い校舎で彼女を捜すことは困難だった。あの一箇月で培った繋がりが、全部消えてしまっては。  人に彼女の居場所を尋ねて回ったが、彼女はあまり人付き合いをしていなかったらしい。本人談と違(たが)わず、確かに彼女の居所を知る人はいなかった。 「一人でふらっといなくなってしまう」 とは、彼女のクラスメートの言だ。僕は一度双眸を閉じると、立ち上がった。 「ちょっと屋上に────」  僕はそこで一旦切った。切って。 「行かないか。話が在るんだ」  友人を誘った。友人はきょとんとしていたけれども、対戦を終わらせて僕に付いて来てくれた。  あの一箇月の前。黒い染みで本島と遮断された三日目。僕は一人で屋上へ行き、彼女に出会った。  その後膜が島を覆って、化け物が現れ……友人は死んだ。  あの一箇月は夢だったのでは、と僕は疑い始めていた。 『二回目』の僕は。  だけどここまでは同じ過程を経ている。ならば、何が起きるとしても起きないにしても、この三日目の今日は、友人と離れないようにしようと決めた。  少なくとも、友人が死なないところを見届けなくては安心出来ない。いっそ、友人が生きてくれて、僕も彼女も無難に避難生活を過ごせるなら、あの一箇月が夢でも構わない気がして来ていた。 『二回目』の僕は、まだ楽観的でいられた。  わかっていなかったせいで。 “そう言えば、黒い染みはヤツを倒した後にどうなったのだろう。彼女と仲間と、よろこびを分かち合っていたところからわからないな”  なんて呑気に考えられたのだから。 「あ……」  屋上には、彼女がいた。 「……あーっと、特進クラスの人だよねっ。いっつも上位に名前在るから知ってるよー」  馬鹿みたいに明るい声で友人が話し出す。お互い黙然と見詰め合う僕たちに、友人は何か思うところでも在ったのだろうか。  とにかく持ち前の、快活で臆しない人当たりの良さで僕と彼女の間に満ちる沈黙を消そうとしていた。  僕は黙っていた。友人が時折振る会話には相槌を打っていたけれど。  彼女は、……彼女も、記憶が無いのか様子見したかったから。  友人を挟んで喋った結果、彼女も記憶は無いようだった。  やはり、あれは、あの一箇月は、僕の夢だったのだろうか。ああも現実感を事欠いていて、なのに現実味に溢れた日々が。  夢と同様の事態が起きていても、もしかしたら僕はどこかで似た設定の、漫画とか小説とかを読んだことが、あるいはゲームとかを、やったことが在ったのかもしれない。  定番じゃないか。奇怪な現象に因る孤立も、突如遭遇した化け物と戦うことも、生き残りを賭けての、勝ち抜きバトルも。みんな、ファンタジーの使い古されたセオリーだ。  きっと、夢なのだ。生々しい程だったけど、今や何一つあの一箇月を感じさせるものは無い。傷も、汚れも、一欠けら。彼女との関係性でさえ。  逆にこっちが夢なんじゃ、と疑ったことも在ったけれども。こっちも、夢にしては気色悪いくらい感触が在る。  ……夢なら、夢で良いじゃないか。友人は生きて、現在笑っている。彼女も友人の積極的なところに最初戸惑っていたみたいだったが、今は笑って言葉を交わしている。  良いじゃないか。夢で。あんな。  全部が、悪かった訳では無い。仲間とは、何のかんのと信頼は在っただろう。だけども、何事も無く、過ごせるなら、それが、……。 「大丈夫?」  彼女が、僕に問うて来た。 「え?」 「疲れてるようだから」  あの日のように。僕もあの日みたいに何と返して良いのか答えあぐねて──────いた、ときだった。 「何……」  独り言ちる彼女の視線を追って僕は驚愕し、思わず立ち上がった。彼女もつられたみたいにゆっくり立った。  見る見る内に、黒い染みと別に、半透明の膜のようなものが浮島を覆ったのだ。呆然と見上げる中、僕と彼女の端末が鳴り響いた。  あの日のように。  異なったのは。 「何だよ……アレ。てか、コレも、何っ?」  友人がいること。友人の指す“アレ”は膜のこと、“コレ”は端末が鳴ったことだろう。友人の端末も鳴っていた。僕は誰とも目を合わせず、メール画面を開いた。正直余裕が無かった。 “さぁ、皆さん” “お時間です” “あなたの本性を解き放ってください” “それはあなたの武器であり、盾です” “尚、コレはトーナメント制” “優勝者には、素敵な賞与特典(ボーナススキル)が与えられます”  メッセージの下にはURLが在った。 「何、コレ」  半笑いの友人が零した。僕は瞬きの間に。 「屈んで!」  叫んだ。唐突な僕の指示に友人は呆けた顔をしていた。 「ぇ」  友人の一言と、多くの悲鳴が響き建物が揺れたのは殆ど同じだった。 「わっ」  友人が尻餅を突いたのを横目に、僕はさっと手を伸ばした。 「きゃっ」  よろめく彼女を受け止めて、しゃがむ。揺れは収まらず怒声交じりの絶叫も。 「……」  あの日と、一寸違わず、同じことが起きている。 「な、なぁ、いったい……」  何が。友人は何とか立ち上がると、入り口に走り寄る。ドアを開け、校舎へ戻るつもりだ。ドアノブに手を掛けたとき僕は当然「駄目だ!」制止した。 「は、な、何でっ?」 「良いから、行くなっ」  あの一箇月が最早夢だろうと関係無い。『二回目』の僕はこう考えていた。  だので、とにもかくにも同じことが起きるなら、友人を行かせてはならないとだけ考えていた。  行けば、結局友人はあの日と同じ結末を迎えることになる、これだけは明白だった。僕は、携帯端末へ目線を落とす。 “さぁ、皆さん” “お時間です” “あなたの本性を解き放ってください” “それはあなたの武器であり、盾です” “尚、コレはトーナメント制” “優勝者には、素敵な賞与特典(ボーナススキル)が与えられます”  ────同じことが起きている。このときの、『二回目』の僕の認識はその程度だった。  ま  さ  か  ず  っ  と  繰  り  返  す  な  ん  て    、  予  想  し  て  な  か  っ  た  か  ら    。 “注。上記はチュートリアルとなります” “上記にアクセス後、正規版をダウンロードする場合は選択してください” “生きるか” “死ぬか” “選択によりチュートリアルを開始、チュートリアル終了後正規版をダウンロード、これによりトーナメントへの登録が完了致します” 【 >NOW LOADING... 】
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