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傘を大きく傾けながら、間島は空を見上げた。差し出した手のひらを濡らすものはない。雨音は止んでいた。 「あのバカでかい水溜まりは、ずっとあそこにあり続けてくれるから、なんか安心する」 そっと傘を閉じる。傘に乗った雨粒たちが滑り落ちていく。 「そうだな。同じ場所に変わらず、って、決して簡単なことじゃないからな」 ふたりは少しの間、何も言わなかった。 受験が迫っている。その後ろからは、彼らが街を出ていく日も近づいてきている。 有無を言わさぬ変化が彼らを押し流そうとしていた。 現在(いま)にしがみ付いていたいけれど、それでは未来(さき)へ向かえない。わかっていても、ときおり、ぼんやりとした不安が気持ちを沈ませようとしてくる。 「あの大きな水溜まりの名は、しずえを推す」 「俺は、まゆみ推し」 ここに来て意見が割れた。間島と平は笑いながら顔を見合わせる。 「ここで使うことになるとはな。切り札にとっておいた母親の名前を」 「“母なる海”だけに」 変わっていくもののなかで、変わらぬ心で寄り添い続けてくれるものもある。その温かさを感じるだけでじりじりとした気持ちが楽になる。そんな存在たちを広い海に重ねる。 広大な海原に思い描くのは母であり父であり、変わらないでいてくれる親しい誰かだった。 ふたりの朗らかな笑い声が、眼下に広がる雨上がりの町に響き渡る。 空を覆う雲が明るくなりはじめた。
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