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 きっと暑さで頭がヤられていたのだと思う。  酷暑を通り越し激暑となった真夏日の午後二時。アスファルトは揺らめき太陽の照りつけは凄まじく、目が眩むような明るさで自身目元は細く閉じる。  最高気温を記録した八月の東京都内。ゴキブリ達には過ごしやすい季節になったのだとは思うが、私としては即刻夏という季節を終わりにしてほしい思いなのである。  私はコンビニで購入してきたペットボトルコーラの蓋をひねり開ける。  瓶牛乳を飲む要領で腰に手を当てコーラを一気飲みしていく。喉への一気にくる爽快感と刺激。胸が苦しい。だがソレが良い。  真夏に飲むコーラほど旨い飲み物はない。下戸なことで有名な私は酒が飲めませんので、アルコールを日常的に飲む習慣は持ち合わせてはおりません。  熱せられたアスファルトの上を革靴で歩く私。ワイシャツは腕まくりをし、この場でのネクタイ着用は拷問そのものだった。  クールビズに疎い弊社。他の会社はどうなのだろうか。私の勤める会社は印刷機器販売を主軸とした卸売業を生業としている。都内のオフィスや商業施設に自社製品を卸している。  団塊の世代が上を牛耳り、下で働く平社員達はそれに歯向かうことも出来ず。昭和が生んだ怪物達が実質的な権力を握る私の勤める会社。  営業回りの最中の私は地獄のような暑さの中、都内各地を転々とする。  それにしても凄い暑さだ。40度を超えているのではないか。そう感じる熱波と暑さなのだ。  ワイシャツ襟元と背中部分は汗でビチャビチャ。スーツスラックスは汗で引っ付き気持ちが悪い。腕時計が異様に熱く感じる。額には汗がタラタラ。頭皮からは汗が吹き出る。  やはりこの暑さは異常だ。年々暑くなっている気がする。高温のサウナの中にいるようだ。その中を歩いて彷徨うのだから、ここは地獄と形容してもいい場所な気がする。  なるべく日陰を歩きたい私。しかし日陰など存在しない都内の歩道。こりゃたまらんと思い、私は再びコンビニ内へと避難した。  キンキンに冷えた店内が極楽浄土に思えてくる。外気温との差は凄まじいモノだろうなと私は思った。  飲み干したコーラペットボトルは先ほどゴミ箱に捨てた。それでも異常に喉が渇く。  飲料コーナーへと直行した私は再びペットボトルコーラを手に取りレジへと並ぶ。  店員さんに品物をバーコードスキャンしてもらい、私はちょうどの小銭をトレーの上に置き、レシートは要りませんと一言だけ言いコンビニ店内をあとにした。  途端に熱波が私の身体を襲う。再び吹き出す自身の汗。  この地球上で異常気象以上の何かが起こっているのかもしれない。そう予感させるこの異常な暑さ。  入道雲の存在感が増す八月のこの時期。子供の頃は天国だったこの時期が、大人の今になっては地獄へと変容した。  真夏の時期に入る市民プール。帰り道で飲んだ瓶入りのサイダー。友達達とふざけあって帰ったあの道のりが、今では妙に懐かしく思えて。  大人は社会という歯車に組み込まれ、一部品としての役割を全うしていく。   部品は部品らしく振る舞わなければならない。上司の言うことには素直に従い、この糞暑い中を営業回りしている糞みたいな私。  暑さで朦朧とした頭で、知的なことを考えようとするも。多角的な視点からのモノの見え方にこの場合誤差が生じ、暑さでオーバーヒートした自身脳内は熱暴走寸前の高機能性PCとしてのみ存在しており。規則演算の繰り返し。0と1との繰り返しによる電子信号との反復とが、上手く行えないでいる現在の私の脳内。 「暑い……」  無意識に私はそう呟いていた。  意識的にではなく無意識的に。そうさせたのはこの異常な暑さのせい。東京都内は今現在異常な暑さに見舞われている。冬が恋しいと思うのは私だけではないはず。皆が皆そう思っているのだ。 「お得意様の訪問のあとに新規での訪問。会社に戻り資料をデータにまとめる。全体会議を行い明日への準備を進めていく。残業は今の時代美德とされている。なので私は定時に帰りはしない。旧体制然を主とする我が社では昭和を生き抜いてきた団塊の世代達が実質的な権力を握っている。労働は労働としてのみ存在している。労働こそが人間が人間である為の最もたる手段なのだ。時間と体力を使い賃金を頂く。ソレで日々の飯を食らう日々。そんな日々を私は生きている」  独り言をぶつぶつと路上で喋りながら歩く現在の私の姿。私の周囲から人が段々避けていき、丸い輪っか状の空間を作り上げた私。  私の周囲の空間は依然灼熱地獄のままだ。人が避けたからといって温度が低くなることもなく、高温多湿な状況には変わりはない。  不意に尿意を催した私。  近くにトイレはないかと周囲を見渡す。パチンコ店が一軒あった。私はそのままパチンコ店へと入店した。  入店すると同時にガヤガヤと喧しい遊戯台の音が私の鼓膜を刺激する。店内は空調設備の整った快適な空間だった。涼しい。  私は急いでトイレへと向かった。  小便器の前でスーツスラックスのチャックを下ろし、下着も下にずらし、局部を露出させた私は小便器に向かって自身尿を放出させていく。  勢いよく出る私の尿。500ミリリットルコーラ二本分の尿が今この瞬間排出され、私の膀胱内は空の状態へとなる。  局部を自身手で小さく掴み小さく振って水滴を落とした。局部をパンツの中に仕舞い込み、スーツスラックスのチャックを静かに閉める。  私は手洗い場に向かいハンドソープで丹念に自身手を洗ってゆく。泡を流水で洗い流し、ペーパー二枚で手を拭きそのモノをゴミ箱に捨てた。  私はトイレ内をあとにする。  再び喧しい遊戯台の音が私の鼓膜を断続的に刺激する。  名残惜しいこの快適空間に別れを告げ、パチンコ店の自動ドアを出る私。  ムワッ。という擬音がふさわしい異常な暑さの訪れ。ムワッ。ムワッ。これが人間の住む生活空間なのかと疑いたくなるほど、この暑さは異常だった。地球という星は馬鹿になってしまったのかもしれない。  水の惑星地球。この灼熱地獄の中、そうは思えない節が多々思い当たる。この場合、灼熱地獄の地球と改名した方がよろしいのでは。と私は思う。  四季の存在する日出る国日本。春には草木が芽吹き。秋には紅葉が見頃になる。冬には空気が澄み渡り。夏には遮熱地獄と化す。  営業回りを生業とする私にとって、夏ほど嫌な季節はない。人は歩けば体温は幾分上昇する。春や秋や冬は別にいいのだ、真冬など厚手のコートを一枚羽織ればそれで凌げる、それだけで歩くことを生業とする私にとっては快適温度を維持できるのだ。  だが夏は別だ。街中で衣服を全て脱ぎ素っ裸になろうとも、夏の暑さは変わることはない。外国の方々でも日本の暑さは異常だと皆口を揃えて言う。それほどまでにこの日本という国の夏は一種の狂いと狂気を兼ね備えているのだ。  何がこの国をそうさせるのか。奇妙や珍妙などの一言で片付けることのできない熱さられた大気中の気温。日本の政治がこのような気候を作り上げたのか。日本独自の奥ゆかしさがこの暑さを作り上げたのか。勤勉で誠実な日本人の性質がこの暑さを作り上げたのか。  そもそものこの暑さの理由が私には全く理解ができない。何か私が罪を犯したとでも。何か私が悪いことをしましたか。真面目に生きてきたつもりです。なのにこの仕打ちは酷すぎやしませんか。  地球というこの惑星に、私は殺されるのかもしれない。異常気象云々のお話ではない。この暑さは狂いそのものとして存在しており、地球という惑星は私のことを殺しにかかっている。  この星で生まれ。この星に殺される。  そのような運命なのかもしれない。この場合。私の場合。
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