僕らだけの夏の思い出

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「あーー、暇だなーー」 大和(やまと)は机に手を滑らせながら、うなだれている。 「そんなこと言ったって今日は課題やるって決めただろ?」 一樹(いつき)は丸いメガネを少し上げながら言った。 「でも、もう中2の夏休みだぜ?来年は俺ら受験だしよ?遊ぶなら今年しかないってのに、家で勉強会って…」 大和は口を曲げて不機嫌そうに言った。 「あのなぁ、お前が課題終わらないから俺の家でやるって計画したんだろ?というか、お前は課題やってないだろ。さっきから絵ばっかり描いて。なんだよ、この絵」孝子(こうし)は笑っていた。 「俺たちのマークだよ、マーク。」 大和は真剣な表情だった。 「マーク?」 「そう、マーク。もし秘密基地でも作ったら、このマーク描こうぜ。」 「マークって、これただのアスタリスクじゃねぇか。」 ✳︎ ✳︎ ✳︎  中学2年生の夏。 学校にも随分慣れて、友達も増えたが大和達は気付けばいつも3人で集まっていた。 幼馴染、というのはやはり居心地がいい。 声を上げれば誰かしらが家にあげてくれ、だらだらと話すだけで1日が終わっていく。 この空間がどれほど良いものかなんてとっくの昔から知っていた。  でも、せっかくの中学2年生の夏なのだ。特別なことをしたいに決まってる。   大和は夏らしいことを考えてみた。 プール、花火、祭り、海。思いつくのは定番のものばかりだった。  大和はふと窓の方を見た。 この町の奥には大きな森があるのだ。しかし、よく考えたらあの森に足を踏み入れたことはなかった。 「森、行きたい」気づくと大和はそう口に出していた。二人は無言で大和のことを見つめた。 自分でもなぜそんな事を言ったのかわからず、必死で言い訳を考えたが、何も出てこなかった。  大和が目を泳がせていると、ニ人は「行きたい!」と目を輝かせながら言ってくれた。 予想とは真反対のセリフに大和は驚きを隠さなかった。 「実は俺もずっと行ってみたいと思ってたんだけど、一人で入るのは流石に怖いしさ。それに、あの森あんま良い噂聞かないから誰も行きたがらないだろうと思ってたんだよね!」 孝子のテンションは珍しく高かった。大和は言ってみるものだな。と思い、じゃあ、計画立てるか!!と張り切っていた。 ✳︎ ✳︎ ✳︎  計画の日。彼らは朝早くから集まった。 特に目的のない時の荷物はやたらと多い。大和のリュックには虫かご、タオル、水筒、絆創膏、筆箱。色々なものが入っていた。  なぜ朝早くから集まったかというと日が暮れる前に帰るためだ。この森には最近幽霊が出たという噂があった。大和達は全員怖がりなのだ。こういう時、1人でも勇気のある人間がいたらきっと昼にでも集合していたんだろう。しかし、大和達は満場一致で早朝に集合することが決まった。  各々眠たい目を擦りながら森へと向かっていった。森は、集合場所である孝子の家から、歩いて20分くらいの場所にある。ここの森は整備されていなくて危険だから入ってはいけない。と小さい時に母親によく言われていたことを、大和はふと思い出した。  住宅地が増え続けているこの町で、なぜこの森が残っているのかは大和達にもよくわからなかった。  森へ着くと、予想よりもずいぶん高い木々が並んでおり、大和は思わず唾を飲み込んだ。「家から見るとあんなに小さかったのに思ってたより迫力あるんだな」 孝子は感心したような表情をしていた。 「じゃあ、行くか」一樹はそう言い、せっせと歩き始めた。昔はこういう所は一樹が1番苦手だったのにいつの間にか頼もしい背中になっていた。  森は確かに整備はされていなかったものの、とても美しかった。空を見上げれば葉の間から木漏れ日が差し込み、耳を澄ませれば心地よい風の音と、セミの鳴き声が聞こえてきた。 しばらくの間、大和達は虫を追いかけたり、川遊びをしたり、写真を撮ったりと森を楽しんでいた。 「随分奥まで来たな」一樹は後ろを振り返りながら冷静な表情で言った。「だな。この森一体どこまで続いてるんだろう」大和はそう言いながら、また歩き始めた。「さぁな。でも、もう、お昼も過ぎたし、今日はこの辺で帰らないか?十分楽しんだし。って、おい、大和聞いてるのか?」  大和は少し離れたところで立ち尽くしていた。  2人は顔を見合わせ、大和の元に走った。 「おい、大和、大丈夫か?一体何が……」  孝子は大和の見つめる方向に目をやると、そこは今まで通ってきた道とは違い、木々が全く生えておらず、まるで広場のようになっている風景が広がっていた。  そして、森との境目には鮮やかな色の花が咲き、真ん中には小さな家が建っていた。  「なぁ、あの家、行ってみようよ」大和は小さな家をじーっと見つめながらそう言った。 「でも、こんな所に家があるっておかしくないか」一樹は相変わらず冷静だった。  しかし、大和には一樹の言葉が届かなかったようで、家に向かって歩き始めてしまった。「お、おい!」一樹は慌てて止めようとするが、大和の歩みは止まらなかった。  トントン。 乾いた木のドアをノックする音だけが森に響く。こういうときに限って風は吹いていない。 無音が続き、ドアが開いた。  この間はほんの数秒だったのかもしれない。しかし、大和たちにとってはとても長い時間だった。  こんな広い森の中でもお互いの緊張が伝わっていた。  中から出てきたのは1人の少女だった。同い年くらいだろうか。彼女は肩より少し長い、艶やかな銀髪で、彼女の真っ青な目は、まるでサファイアのようだった。そして、白いワンピースから見える肌は透き通るように白かった。 透明肌というのはこういうもののことを言うんだと大和は妙に納得した。  少女は優しく微笑んでいた。  遠目からでも大和の顔が赤くなったのが、孝子と一樹に伝わっていた。 「あ、あの!は、はじめまして!えっと、あ、僕の名前は大和です。あなたの名前はなんですか?」  大和の口からは教科書の例文のような言葉しか出てこなかった。 すると彼女は 「ルミ・ヲ・ミキラ・カラソ?」 とよくわからない言葉を返してきた。孝子と一樹は瞬時に彼女の母国語が日本語ではないことを理解した。しかし、大和はそうは思わなかったらしく、「ル、ルミ?君の名前はルミ?」と必死に理解しようとしていた。すると彼女も大和と言葉が通じないと思わなかったらしく、「ルミ!ルミ!」と繰り返していた。  彼女が悪い人ではない事をなんとなく悟った孝子と一樹はその小さな家に向かって歩き始めた。 「大和、多分彼女は外国人だ。日本語が通じてないじゃないか」孝子は大和の肩に手を乗せ、呆れたようにそう言った。 「でも、この子の名前はルミなんだよ。こんなに楽しそうに言ってるじゃん。ね、君はルミなんでしょ?」 「ルミ!!」  孝子は呆れていたままだったが、彼女の楽しそうな表情を見て何も言えなくなった。 「わかった。じゃあ、僕らの中ではこの子の事をルミと呼ぼう。でも、本当にこの子はどこから…」  すると、孝子の言葉を遮るようにルミは手を叩いた。 「ルミ!ルミ!!」 そう言い彼女は家を指さした。家に上がって良いという事なのだろうか。大和は全く疑う様子なく、彼女の家に上がっていったので、二人も仕方なく大和の背中を追った。  彼女の家には何もなかった。机も椅子も、キッチンさえもなかった。彼女は一体どのように毎日を暮らしているのだろう。三人は疑問に思い顔を合わせた。  ルミは床に座り、子犬のような目で大和たちのことを見ていた。三人は仕方なく同じように座り込んだ。しばらくの沈黙が続いた後、大和は口を開いた。 「ねぇ、ルミはどこからきたの?ここで何をしてるの?」孝子と一樹はルミの方を見たが、彼女は首を傾げるだけだった。 やはり日本語はわからないようだ。       大和たちは彼女について話し始めていた。彼女は一体どこからきたのか。ここでどのように暮らしているのか。この事を親に言うべきか。森は危険ではないのか。そんな話をしている間、ルミは笑顔で三人の話を聞いていた。  そして、気づくと夕方になっていた。  「俺は、この事は俺らだけの秘密にしておくべきだと思う。親や警察に言うべきなのはわかってる。でも、やっぱり……」一樹は目線を下げたまま、静かにそう言った。 「大丈夫、俺もそう思ってる。ルミの存在を誰かに言ったら、ルミがどんな扱いを受けるか、俺にはわからない。でも、それはルミから笑顔を奪う結果になる気がする。」 「俺も同じ意見だよ」大和と孝子は一樹を見ながらそう言った。  一樹は安心したような表情をしていた。 「ルミ!ルミ!!」ルミもなぜか嬉しそうだった。  三人はここにルミを1人置いていく事を不安に思ったが、ルミが笑顔で大和達を送り出してくれたので、まっすぐ家に帰る事を決めた。 「じゃあ、明日も来るよ。またね」 大和がそう言って三人は家を出た。ドアが閉まると同時にルミが「ま、た、ね」と言ったような気がした。 ✳︎ ✳︎ ✳︎  次の日も同じように大和たちは森を訪れた。ルミは相変わらず嬉しそうだった。今日は三人でお菓子を持ち寄った。中でも、ルミはブドウグミを気に入ったようで美味しそうに食べていた。  その次の日も、その次の日も、四人は一緒に過ごした。虫を捕まえに行ったり、川遊びをしたり、絵を描いてみたり、これまでの夏とする事はなにも変わっていないのに、彼女と過ごす夏は今までとはまるで違っていて、驚くほど楽しく、充実した夏だった。 ✳︎ ✳︎ ✳︎  この日もいつものように三人はルミの家へ向かった。すると、ルミは少し悲しそうな表情をしていた。どうしたのだろうと思い、ルミの様子を良く見てみると、ルミの肌が初めて出会った日よりも、明らかに透明に近づいていた。 「ルミ、どうしたんだ!なんかあったのか?」  大和は目を大きく見開いていた。 「おい、落ち着け。ルミにはきっと伝わらない」一樹はルミの腕を掴む大和を止めていた。  すると、ルミは口をゆっくりと口を開いた。 「ルミ、は、いない、なる」 「え?」三人は声を合わせて言った。 「なつ、おわる、ルミ、いない。ルミ、おうち、かえらなきゃ」 そう言いながらはルミは泣き出した。  三人は状況を掴めなかったが、孝子はルミの背中を優しく叩いてなだめた。 「ルミは、ルミは、あきになると、ここ、いない、ばいばい、いやだ」 ルミはさらに大声で泣きだした。 大和達には、ルミが日本語を話せるようになったという事実より、彼女がいなくなってしまうということへの衝撃が大きかった。 一体どういう事なのだろうか。 「ルミは、ルミは、ゆきつくる。でも、ルミヘタクソ。だから、ここ来た。でも、ばいばいいや」  話を聞いていると、どうやらルミはそもそも人間ではないらしい。雲の上で雪を作る妖精だったが、一人だけ上手く作ることが出来ず、夏が終わったら戻ることができるという契約のもと、人間界に下ろされてきたようだ。  しかしながら、ルミは大和たちと出会ったことにより雪作りの練習をするのを忘れてしまっていたらしい。  しかし、ルミは雪をまだ上手く作ることが出来ない事よりも、大和たちと離れ離れになってしまう事を悲しんでいるようだった。  「どうにかルミがここにとどまる方法はないのか?」  普段は他人にあまり興味を示さない一樹が、ルミのこととなるとやけに必死だった。 「ない……」 ルミのその言葉を聞くと大和も一緒に泣き出した。 「俺も、俺も、ルナと離れたくないよー」 しかし、孝子は真剣な顔をしていた。 「ルミは、自分のいた場所に帰るべきだと思う。俺らでルミが雪を作れるようになんとか……」 三人は汚いものでも見るような目で孝子のことを見ていた。 「おい、孝子、お前それ本気で言ってるのか?ルナがこんなに泣いてるって言うのに!」  大和は昂る感情を抑えられなかった。 「あぁ、本気だ。お前らも頭冷やせ」 そう言い捨て、孝子はルナの家を出て行った。 孝子はその日森には戻ってこなかった。 ✳︎ ✳︎ ✳︎  その日の夜、大和は孝子の家へ向かった。 インターホンを押すと、孝子はさっきとはまるで別人のような表情をしていた。 「孝子……」 「家、あがってけよ」 この数年間で、一番気まずい時間だった。 一樹がいないからだとも思ったが、きっとそうではない。あんな風に喧嘩したのが初めてだったからだろうか。 「なぁ、孝子なんであんなこと言ったんだ?」 「……」 「おい、聞いてんのかよ」 「ルミは……」 「え?」 「ルミは、ここにいるべきじゃない。ルミは自分のいたところに帰るべきだ。」 「それはさっきも聞いた。俺が聞いているのは、なんでそんな事を言ったかだ。孝子だって、ルミが楽しそうにしている姿見てただろ?」 「だからこそだよ。ルミはこの環境に合ってない。俺は、なんで雪を作る練習のために、日本の夏に連れてこられたのかわからなかったんだ。雪を作るためならもっと寒い場所や寒い時期に来た方がいいに決まってる。ルミは多分、ここに罰として連れてこられたんだ。」 「は?それって一体どういうことだよ」 「ルミの体には夏が合ってない。ルミはあんな楽しそうに笑ってるけど、俺らに隠れて水を異常に飲んでるし、そんなに暑くない日でもルミはいつも汗をかいている。本当はルミもしんどいんだよ。」  大和は言葉が出てこなかった。言われてみれば、ルミはいつも日陰にばかりいたし、全力で走る所も見たことがない。孝子の観察眼にはいつも驚かされる。 「わかった。でも、あの2人には、一樹とルミにはどう説明するんだ?」 「それは……」孝子は困ったような表情をした。 「じゃあ、俺に任せてくれないか?」 「ああ、お願いしたい」 いつもの大和からは想像できない、とても頼り甲斐のある姿を見て、孝子は少し安心した。 ✳︎ ✳︎ ✳︎  夏休み終了の二週間前となったこの日。 また、大和たちはいつもの時間にルミの家に集合した。  一樹は孝子に目も合わせようとしなかった。 「なぁ、俺は、ルミがこれから先一番幸せになれる方法を選びたい」ルミの家に入ると、大和は荷物も置かずに、淡々と話し始めた。 「そうだろ?やっぱり大和は孝子とはちがうな!よくわかってる!俺もそう思ってたんだ、だから」その一樹の言葉を遮るように「だから、ルミは雪を作れるようになって、空へ帰るべきだ」と声色一つ変えずに大和は続けた。  一樹は目を見開き、ルミは今まで見せたことないほど不安そうな表情をしていた。 「たしかに、ルミにとって一番今を幸せに過ごす方法は、ここで、今までのように俺たちと過ごすことだ。ルミ、そうなんだろ?」 「うん、ルミはみんなといたい。ゆきつくるのきらい」 「ほら、ルミもこう言って!」 「じゃあ、ルミ、このまま雪を作れないまま空へ戻ったら、ルミはどうなるんだ?」 その言葉を聞いた瞬間、ルミは一気に青ざめた。 「せんせいに、おこられる」 一樹は何も言わなかった。 「ルミは俺らにとって大切な友達だ」 「ともだち?」 「そう、友達。だから、ルミに辛い思いはしてほしくないんだ。雪を作れるようになろう。俺たちに出来ることならなんでもするから」 「でも、そらいったら、ばいばい、かなしい、るみのことわすれる?」 「忘れない。ううん、ルミの雪を見れば俺たちは君のことを絶対忘れない。もし俺たちが歳をとっても、おじいさんになっても、ルミが作った雪を見れば、必ず君を思い出す。俺らは君を思い出して、何度だって空を見上げるよ。」 「ほんと?」 「ほんとだ、約束する」 「じゃあ、るみ、がんばる。るみも、 そらからきみをみる。」 「おいおい、こいつだけじゃなくて、俺らのことも見ててくれよな」「あぁ、俺らもルミのこと絶対忘れないから」孝子も一樹もいつの間にか優しい笑顔を浮かべていた。  それから、ルミと大和たちは雪作りの練習を始めることにした。  家の外に出ると、ルミは真剣な表情に変わっていた。そして、両手の指を合わせ、目を瞑りながら「ニウヨス・マレ・ファガセワ・アシニ・ナンミ」と何度も唱え始めた。するとルミの周りに風が起こり、銀色に輝く髪がなびいた。そして、ルミの周りには雪が生まれ始めた。それはまるでスノーボールのように幻想的で美しかった。  しかし、ルミは口を膨らませて満足していない様子だった。 「これの何がダメなんだ。すごく綺麗なのに」  大和は首を傾げた。 「かたち」 「たしかに、雪って上下左右同じ模様だけどこれはバラバラだ」孝子は自分の服に乗った結晶を見て分析していた。  ルミはさらに口を膨らませてしまった。 「うーん、イメージがないからいけないんじゃないか?」 「いめーじ?」 「そう、イメージ!うーん、あ、そうだ!じゃあさ、このマーク作ってみてよ!」  大和は枝を拾い、土に絵を描き始めた。 「なにこれ」 ルミは真顔言った。 「俺たちのマークだ!」 「まーく?」 「そう、俺たちの名前の頭文字YとKとIを合わせたんだ!」 「Y…っていうか、どちらかっていうと小文字のyだし、まずこんなダサいマーク俺は認めた記憶ないぞ」一樹が異議を申し立てた。 「あー、細かい事はいいんだよ。仲間の印みたいでかっこいいじゃん」 「なかまのしるし?」 「そうだ。仲間の印!ずっと友達って約束の印だ!」 「ルミもそれほしい」 「ルミも入れてやろうよ」孝子が言った。 「うーん、ルミか、どうやっていれよう。アルファベットは入れるのは難しいし… そうだ。ルミ、好きなマークとかないか?」 「ルミ、これがすき!」  ルミは手で円を作っていた。 「丸?なんで丸なんか好きなんだ?」 「きみたちがおはなしするとき、いつもこのかたち。ルミひとりのときできなかった。」  大和たちは会話をしている時、いつも無意識に円になっていたらしい。自分達にとって当たり前だったことが、ルミにとっては憧れだったのだ。 「よし、じゃあ丸を描こう!」 「いっぱい!まるいっぱいがいい!」 「いっぱいか!じゃあ、それぞれの先端に描くか!六個も描けるぞ!」  大和とルミはとても楽しそうだった。 そして、ルミはまた雪を作り始めた。  「ニウヨス・マレ・ファガセワ・アシニ・ナンミ」  すると、ルナはさっきよりもさらに綺麗な雪を作った。 「でも、今度はこれ、全部同じ形じゃね?」 孝子は言った。 「え、ダメなの?同じじゃ?」 「大和はそんな事も知らないのか。雪っていうのはな、それぞれ形が違うんだよ」一樹は説明した。 「え!そんなわけないじゃん!雪は全部同じ模様だろ?」 「ほら、これ見てみろって」一樹はスマホで調べた画像を大和に見せた。 「まじかよ!すげぇな、雪って。雪作れるルミはもっとすげぇ!!」 ルミは頬を赤らめた。 ✳︎ ✳︎ ✳︎ それから毎日練習を重ねると、ルミはどんな雪でも作れるようになった。そして、上手くなればなるほど、ルミは消えかけていった。 ✳︎ ✳︎ ✳︎  夏休み最終日。例年であれば夏の暑さが消えるのは9月の終わり頃なのに、今年の夏は、なぜかもう秋が顔を覗かせていた。  大和たち三人は今日がルミとの別れの日になるのだと、なんとなく気づいていたが、誰もその事には触れず、いつものように森に向かった。  この日ルミは、家の中ではなく外で、大和達を待っていた。そして、ルミは大和達が来た事を確認すると、雪を作るポーズを取った。ルミはもう、ほとんど消えかかっていた。ほんの数分、遅かったらもうルミはそこにいなかったかもしれない。 「ちゃんと、みててね」  ルミは笑顔でそう言うと雪を作り始めた。 ルミの作る雪は光に当たり、七色に輝いていた。しかし、そう思ったのも一瞬で、気づくと雪は吹雪に変わり、視界が真っ白になった。 「ルミ!!!!」  いつもと違う光景に思わず大和が叫ぶが、ルミのいた場所にはキラキラと舞う雪しか残っていなかった。 「そらからきみをみる。ぜったいに。  いままでありがとう。」 ルミがそう言ったような気がした。 そして、四人の夏は終わりを迎えた。 ✳︎ ✳︎ ✳︎ -半年後-  気づけば、もう冬になっていた。大和達はルミのことを忘れられないまま、時だけが過ぎて行った。相変わらず三人は誰かの家に集合していたが、暇さえあれば森の方を見ていた。 「森、行きたい」 大和が息をするように呟いた。 「行こう」 孝子と一樹は声を揃えてそう言った。  森へ行くのも半年ぶりだった。  ルミが消えたあと、大和達はしばらくその場に立ち尽くし、日が沈み始めると共に誰からともなく帰っていった。  そして、気づけば、またいつもの毎日を送っていた。  大和本人は無自覚だったらしいが、大和は森を見るたびに涙目になっていたから、孝子と一樹はルナの話や森の話をするのをしばらく避けていた。  だから、こういう話になること自体、随分と久しぶりだった。 ✳︎ ✳︎ ✳︎ 森へ着くと、そこにはあの時と同じようにルミの家があった。しかし、周りの草は枯れ、家は汚れていた。結局ルミのことをよく知らないまま別れてしまったのだなと今更ながら三人は思い出した。  大和たちは、ルミがいつ帰ってきてもいいように、家の掃除を始めた。  気づいた頃には、もう日が暮れていた。 「そろそろ帰るか」 大和を先頭に三人は家の外へ出た。  すると、空から雪が降り始めた。  周りに灯りなんてないのに、その雪は今まで見たどの雪よりもキラキラと輝いていて見えた。 「なぁ、これ」  孝子は自分の服に乗った結晶を見せた。 「ルミ、あんなに特訓したのに、またやっちゃったのか」  そう言いながらも一樹は嬉しそうだった。 「でも、あいつはあっちでも上手くやってんだろうな。」孝子は空を見上げた。 「あぁ、そうだろうな。だって、この雪はこんなにも綺麗なんだから。」  大和は空に向かって手を伸ばしていた。  そして、大和はバックからペンを取り出し、ルミの家のドアにペンを走らせ、嬉しそうに微笑んでいた。 ✳︎ ✳︎ ✳︎  その後、この日の雪は日本中で話題になった。これを見た人々は口を揃えて「その雪はまるで宝石のようだった」と言うのだった。そして、なにより不思議だったのは、全ての雪が同じ形をしていたことだった。この謎の雪に一時世間は騒ぎ、多くの研究者はこの雪について分析を始めたが、数週間も経てばこの話題は世間から消えていった。  でも、彼らからこの雪の日の記憶が消えることは決してないのだった。 そして、彼らがルミと再会するのはまた、別のお話。
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