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無様な失敗
ジャスミンの全身を鋭い激痛が襲う。
あまりにも強い痛みに、涙を浮かべながら彼女は自分の体を抱え、病室のベッドのシーツを荒らしながら耐えていた。
無意味なアセトアミノフェン系の点滴の管を引き抜き、心電図を映すために白い指先につけられていた器具も無造作に床に転がっている。
彼女は敵対勢力に昏倒させられた末に拘束され、全身を炎で焼かれたのだ。
自分の浮かべた脂汗や涙すらも傷に染み、激しく痛む。
「ゔあぁあああ…ッッッ!!!!」
気が狂いそうな激痛の中、何も出来ずにそばに座っているゼンの気配を確実に感じ取っていた。
普段であればゼンは彼女を抱き竦めて宥め賺し、落ち着かせてから投薬をして眠らせる。だが、今日限りは触れればさらなる痛みを引き出すだけだ。
薬を打とうにも暴れてしまうし、落ち着いたとしても触れられないから血管を探ることは出来ない。
ジャスミンの小さな体の内で激しく流動する、血液に含まれた生気が黄金に光ってゼンの呪われた右目に映る。
彼の目は異様な見た目であるだけではなく、見えないものが見えてしまう瞳だった。
人々の生気には色がある。青く澄んだ色もあれば赤黒く濁った色もあり、ゼンは、いつからかその色で死期や相手の素直さを読み取れるようになっていた。
死期が近いと思いこんでいる人間ほど黒く濁り、明るく澄んだ色であればあるほど死期がすぐそこまで来ている。
ジャスミンの生気は基本、いつも明るく鮮やかな色をしていた。それは彼女の職業柄仕方のないことではあったが、ゼンは常に明るい色を纏う彼女を心配しながらもその異様さに気味の悪さを感じていた。一番澄んでいたのはスカイブルーの時だが、今ではそれよりも明るく澄んだ色をしている。ゼンは、彼女の死期が近いことを悟るしかなかった。
見ていられず、視線を床に落としていたゼンの腕を突然強い力でジャスミンが握る。激痛に苛まれているが故に、力の制御が出来なくなっているのだ。ゼンはあまりの強さに橈骨と尺骨が肘のあたりで擦れ合っているような感覚に陥った。実際のところは軟骨があるから、擦れ合うなんてありえないのだが。ぎし、と歪み、軋む骨が激痛を呼び起こし顔を顰める。
ゼンはやんわりとジャスミンの手を退け、そっと冷えた水を掛けてやる。それが今唯一出来る、応急処置だった。
「ジャスミン…ごめん……ごめんな……」
掠れた彼の謝罪はジャスミンの耳には届かない。
彼女にはもう、痛みと苦しみしか感じられなかった。激痛により、視界も霞む。焼け爛れた肌は自身ですら触れられない。彼女は、この瞬間自分が死に近づいている感覚に陥った。
どうせ、死ねやしないのに。
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