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後悔と決意
ゼンは後ろ髪引かれる思いでジャスミンの病室を後にすると、病院の地下に向かった。
ジャスミンの師匠、コウナの息のかかったその施設は表向き、病院でしかない。地下も無いことにはなっている…が。そこには拘留所として使われる牢獄が3層ほど存在していた。
歩を進める度、履き古した革靴の踵を鳴らす。コツン、と混凝土に反響させながら進むゼンに、すれ違う看守達は敬礼する。しかし、彼らの顔色は悪い。無理もない。ゼン、ジャスミンのことはコウナを伝って脅しのように刷り込まれている。彼らを見て萎縮するのは無理もない。
暫く歩いて行き、1番奥まった埃っぽい監獄に目を細める。
「これはこれは。いいご身分だな」
ゼンはおどけた口調で言いつつ、鉄格子の向こう側にいる青年に声をかけた。
青年は口元から血を流して倒れていた。頬は腫れ、身体中アザだらけだ。
しかし、拘束した頃から2週間は経つはずであるが体はやせ細る気配がない。一定の量は食べ物を与えられているのだろう。或いは、強制的に嘔吐させることで拷問しているのかもしれないが。
青年は足音に気づいてゼンを見上げるなり目を大きく見開いた。そして、震え声で問いかけてくる。
「…君が、ぼくの処刑をするのか」
「ああ。そうだよ」
ゼンはあっさり肯定してみせる。青年の顔には絶望の色が浮かんだ。
「そっか……。残念だよ。やっと自由になれると思ったんだけどね……」
「自由?」
「そうさ。奴らに囚われ…失敗すれば身代わり程度に捨てられる。ボスは死んだみたいだけど」
「じゃあ、お前らは使い捨てだったわけだ」
「そういうこと。でも、君に殺されるなら悔いはないかな」
「何故?」
「君は強いから」
真っ直ぐで純粋な紫の瞳がゼンを射抜く。それは何処かで見たことのあるような、澄んだ綺麗な瞳だった。
茶色の髪の青年は柵に近寄ってくる。そうして赤黒く腫れた足首を引き摺りゼンに近寄ると、青年は手を“強さ”、或いは“力”に手を伸ばす。
「俺は強くなんかないぞ」
そう言ってゼンは青年の手を振り払う。
「そんなことあるもんか!だって、あの女……マリナを退けた!」
「…あれは偶然だ」
「嘘だっ!!」
悲痛な叫び声をあげて青年はよろめく。そのまま地面に倒れる前にゼンが柵越しに肩を受け止めると、彼はゼンの腕を振り払って悲痛に叫ぶ。
「頼む!ぼくを殺して欲しいんだ!お願いだ……あいつらを殺す手伝いをしてやる!!情報だって、君なら何もかも渡してやる!!だから、手を貸してほしいんだ…!」
「…断る」
冷たく突き放すように言うと、ゼンは彼の体を乱暴に引き剥がした。
「ッ、どうして!?」
「俺の仕事はお前らを潰すことじゃないからだ。それに、もう遅いんだよ。ジャスミンが瀕死の大怪我をした。それが俺の失態だ。
……もう、この国は出るつもりなんだよ。
悪いけど、他を当たれ」
「…………そうか」
青年は悔しげに歯を噛み締めたが、結局それ以上は何も言わなかった。
ゼンも踵を返して歩き出す。すると、背後からちゃり……と鎖が揺れる音の後に青年の声が聞こえてきた。
「最後にひとつだけ聞いてもいいかい?君の、名前は?」
その声に足を止めるも、振り返らずにゼンは答える。
「……覚えないで欲しいけど。…ゼン・ガーナンだ」
それだけ答えてゼンは立ち去った。
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