めぐりくる蝉時雨

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「職場も遠かったし、ちょうどいい機会だから、そうすることに決めたの」 「……遠いって、信金は町中でしょ?」  麗奈は、逸らした視線を窓の外に向けた。  去年の春から、麗奈は二つ隣の町にある信金に異動になっていた。 「どうして言ってくれなかったの?」 「言ったって、どうしようもないでしょ!」  二人の間に険悪な空気が漂うと、周平が慌てて口を挟んだ。 「まぁまぁ、麗奈ちゃんも香鈴に心配かけたくなかったんだよ。そうだよね、麗奈ちゃん?」  麗奈は返事もせずに、プイッと外を向いた。  これには、割って入った周平も苦笑いするしかない。 「とりあえず、いろいろと手続きもあるだろうから、しばらくの間、ここに残ろうか?」 「お姉ちゃんには、周ちゃんと仕事もあるでしょ? 私、一人で大丈夫だから」  そう言い張る麗奈に、これ以上、香鈴は何も言えなかった。  今は、事情をすべて把握している麗奈の言葉を信じるしかない。 「それじゃ、何かあったら連絡して」 「……分かった。気を付けてね」  後ろ髪を引かれる思いで麗奈を一人残し、香鈴達は実家を出発した。  高速に乗った頃、カーラジオから軽快な音楽が流れてきた。 「麗奈ちゃん、一人で大丈夫かな?」  周平は、チラリと助手席に目をやった。  香鈴の耳には届いていないようで、ずっと窓の外を眺めている。  香鈴は、麗奈が見送ってくれた時に言った言葉を後悔していた。 「何かあったら連絡して」  それは、何もないのなら連絡してこなくていい、とも取れる。  姉として、ほかにもっとマシな言葉があったはずだ。  香鈴は、麗奈との間にわずかな距離を感じていた。  いつからこうなってしまったのか。  元は、仲のいい姉妹だった。  窓の外では、代わり映えのない雪景色が続いた。
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