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第一話。
「義之ーっ、いつまで寝てるのっ」
あー、いつもの声だ。
この声のおかげで僕は何度救われただろうか。
僕は今、中学3年生になったばかりの学生。
早く大人になって、自分を捨てた親や、僕が施設に入っている事が原因で、僕の数少ない友人に「あの子と関わるのはやめなさい」等と言っている大人達を見返したい、というよりも復讐したい。
その為には早く大人にならなくては。
最近はそんな事ばかり考えてる。
「ねぇ、義之っ、聞こえてるなら返事くらいしなさい」
この声の主は、親でもなく、祖父や祖母、ましては親戚でもない。
僕が暮らしてる施設、「ひまわり園」の保母さん兼、責任者の相馬さんだ。
相馬さんは今年で30歳くらいの至って普通の保母さんだ。
30歳くらいっていうのは、当の本人が本当の年齢を教えてくれないので僕の憶測でしかない。
「起きてるってば」
僕は、いつも通りの返事を返す。
部屋のドアが開き、整った眉毛が印象的な笑顔が僕に向けられる。
「起きてるなら早く下に降りてきなさいよ、翔太も他のみんなも待ってるんだから」
「今、下に降りようとしたところだよ」
僕はまた適当に相槌を打つ。
下に降りると、いつもと変わらない顔ぶれが並んでいる。
同級生で親友の翔太に、2個下で翔太の妹のあすか、それからベトナム国籍のナム、最近施設に入ったばかりの颯太。
保母さんの相馬さんを入れた、この6人が僕の家族だ。
「ひまわり園」は俗に言う児童養護施設で、家庭の事情などにより親に捨てられた子供達の最後の受け皿だ。
僕も親に捨てられた子供の1人。
「はいっ、みんな揃ったからいただきますするよ」
相馬さんは満面の笑顔で胸の前で手を重ねた。
「いただきまーすっ」
5人は相馬さんに従って声を合わせる。
「そういえば、義之も翔太も来年受験でしょ、ちゃんと勉強してるの?」
また始まった。
3年になってから相馬さんは顔を合わせるたび毎回同じような事ばかり言う。
僕も翔太も無視する事にした。
「ねぇ、聞いてるの?、義之も翔太もまた喧嘩ばかりしてるんじゃないでしょうね」
鋭いところを突くなと、いつも感心してしまう。
相馬さんが、心配している事は当たってる。
僕も翔太も、俗にいうヤンキーでは無いが、髪の毛を染めて、学校や街中で喧嘩ばかりしているんだから十分に不良だ。
僕は口に朝ご飯のパンを挟みながら翔太と共に玄関へと向かった。
僕も翔太も相馬さんの説教が始まる前にする行動は一緒だ。
「今日は早く帰って来なさいよ」
背中で聞き流しながら僕らは学校へと向かった。
「なぁ、義之、加藤達が俺らの事気に食わねーって言ってるらしいぞ」
「ヤンキーでもないのに髪の毛染めたり街で喧嘩してるのが気に食わないらしいぞ」
翔太は一気にそうまくしたてた。
「あんな奴等気にしなくっていいでしょ、ほっとこうぜ」
僕はそう答えた。
しかし翔太の怒りは収まらないらしく。
「いや、そろそろ決着つけようって俺も考えてたんだよ」
「そもそも俺ら施設つ子が気に食わないらしいし、どっちが上か、分からせる絶好のチャンスだよ」
翔太は昔から気が短い。
僕と翔太が出会ったのは小学1年生の夏だった。
初めて目が合った時に初めて喧嘩をした。
小学生の喧嘩なので中々収集がつかなく、中学にあがる頃まで毎日のように喧嘩をした。
そして、いつの間にか兄弟のように仲良くなった。
今では戦友であり、親友だ。
「なーっ、義之、聞いてんのかよ」
「あっ、うん聞いてるよ」
僕は適当に答えた。
「いや、全然聞いてなかったね、お前どんだけ長い付き合いだと思ってんだよ」
やはり、翔太には通用しないか。
「まー、言いたい奴には言わせておけよ、俺らは俺らの好きなようにやろうぜ」
僕は、あまり波風立てるのが好きではないので、そっと翔太を諭した。
そんな事を話しているうちに通っている学校に着いた。
翔太と下駄箱で上履きに履き替えていると、
「おいっ、施設っ子が遅刻とはいい身分だねぇ
」
聞き覚えのある嫌味な声が聞こえてきた。
加藤だ。
と、言うよりも加藤と取り巻きの川野だ。
「今日の放課後ちょっとツラ貸せや」
ついに来たか。
僕は憂鬱な気分になった。
「上等だよ、テメー等こそ逃げんなよ」
翔太は今にも飛びかかりそうな勢いだ。
「まー、とりあえず放課後に話すって事でいいだろ?」
僕は翔太と、加藤の間に割って入った。
「おいっ、義之お前も逃げんじゃねぇぞ」
まったく今日は朝から憂鬱だ。
授業が全て終わると加藤の取り巻きの川野が僕と翔太を呼びに来た。
「桜町小学校の裏庭に来い」
川野は、そう言うと、さっさと行ってしまった。
「なぁ、義之っ」
翔太は既にやる気満々だ。
僕はため息をついた。
いつかはこんな事になるんじゃないかとは思ってた。
いつしか僕もやる気になっていた。
小学校の、裏庭に着くと加藤の取り巻きの川野を含めて5人ほどいた。
「はっ?、話がちげーじゃねぇかよ」
翔太が、怒るのもごもっともだ。
「翔太ぁ、安心しろよ、ちゃんと一対一のタイマンにしてやるからよ」
加藤はネズミのような顔で笑った。
「じゃあ、俺は義之な」
取り巻きの川野が勢い良く立ち上がった。
翔太を含めた加藤や、取り巻きの連中で僕と川野の事を円を描くように、囲いはじめた。
川野は急に殴りかかってきた。
川野は僕達の中学で加藤の次、つまりナンバー2的存在で、僕よりも10センチくらい身長が大きかった。
そんな、相手が急に殴りかかって来たので、すかさず後ろに下がり、体勢を崩した隙を見計って顔に、膝蹴りをお見舞いしてやった。
「ピギャー」という聞いたことがないような変な声を出しながら、のたうち始めた。
僕はすかさずマウントポジションを取って顔を死ぬほど殴ってやった。
「それ以上やると死んじまうぞっ」
とっさに翔太が止めに入った。
翔太の、腕を振り解いて僕は川野の顔を殴りつけた。
はっと気づくと僕の拳は真っ赤に染まり、拳と拳の間には川野の歯らしき物が刺さっていた。
あー、やってしまった。
喧嘩の後はいつもそう後悔したものだ。
倒れている川野の顔を見ると桃太郎電鉄のキングボンビーみたいに顔を腫らして痙攣していた。
「おいっ、川野っ大丈夫か」
加藤が泣きそうな顔をして川野の身体を揺さぶった。
遠くの方でパトカーのサイレンと救急車のサイレンが同時に聞こえた。
「ヤバいっ、義之逃げるぞ」
翔太に腕を引かれて僕はその場を走って逃げ出した。
どれくらい走っただろうか。
「義之っ、やり過ぎだよ、死んだらどうすんだよっ」
翔太は僕の胸ぐらを掴み怒鳴り散らした。
僕はいつもそうだ。
喧嘩になり、いざスイッチが入ると自分でも自分が止められない。
小学生の時に、当時ジャイアンみたいな奴と喧嘩になり、手のひらに鉛筆を刺されたあと泣きながら道具箱から彫刻刀を取り出し、ジャイアンみたいな奴の二の腕を刺してしまった事もあった。
僕はその頃から壊れた人間的な扱いで誰も寄ってこなくなった。
翔太を除いては。
そんな翔太が今、涙を浮かべながら怒っている。
「なぁ義之っ、川野が死んじまったらどうすんだよ」
僕は言った。
「人はそんなに簡単に死なないから大丈夫だよ」
翔太はいきなり僕の頬を拳で殴りつけた。
「そうゆう問題じゃねぇよ、川野がもし死んだら義之、警察に捕まっちまうんだぞ」
「俺は義之の事心配して言ってんだよ」
「川野が生きてようが死んでようが俺にはどうだっていいんだよ」
「俺は義之が俺の眼の前からいなくなるのが嫌なんだよ」
気がつくと僕も翔太も泣いていた。
「とりあえず帰ろう」
翔太は涙を拭いながら僕の肩に手を回しながら歩き出した。
「ひまり園」に着くと勢いよく相馬さんが出てきた。
「義之、翔太っ、あんた達何やってんのっ、警察の人から連絡がきて、あんた達2人に事情を聞きたいって言ってきたわよ」
僕はとっさに最悪のシナリオを想像した。
「とりあえず今から警察に行くわよっ」
僕と相馬さんと翔太の3人で相馬さんの運転する「ひまり園」と、でかでかと書いてあるハイエースに乗り、警察に向かった。
それからの、記憶は曖昧にしかない。
僕と翔太は、それぞれ別々に調書を取られ、翔太は相馬さんが施設に送っていき、僕は警察署に残った。
「日向義之、傷害と暴行の容疑で逮捕する」
そう言われ両手に手錠をかけられた。
初めてかけられた手錠は冷たく、黒光りしていた。
そのあと、放心状態のまま身体検査をされて留置所に入れられる事になった。
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