第二話

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第二話

留置所で1週間ほど過ごし、その間検察庁へ行き警察署で聞かれた事を話した。 その後、家庭裁判所にかけられる為に鑑別所へと身柄が移された。 警察では詳しい事を教えてもらえなかったが、どうやら川野は死んだわけではないらしい。 検事さんから聞いたところによると命に別状はないが全治2ヶ月の重症らしいとのこと。 僕はその話を、まるで他人事の様にきいていた。 鑑別所では、要注意人物としてずっと独居房に入れられていた。 食事も喉を通らず、ひたすら横になって天井ばかり眺めていた。 鑑別所での生活が、2週間程になった時に相馬さんが面会に来たらしい。 来たらしいと言うのは、僕が面会を断ったので詳しくは分からない。 ただ現金10,000円と着替えの差し入れがあった。 その約3週間後に裁判にかけられ。 家庭裁判所とは名ばかりで、よくテレビで、見る様な裁判所とは違い、もっと簡易的な所だった。 僕は親がいないということもあって国性弁護士がついてくれた。 裁判中に、色々なことを聞かれ、いよいよ判決が下された。 「主文、日向義之を初等少年院送致とする」 「なお、事件性が極めて悪質で相手に重症を負わせておきながら現場から逃走したという事もあるので勧告処分とし、少し長めに入ってもらう事になります。」と言われた。 その話を聞いた時は流石に頭が真っ白になった。 翔太の事や相馬さんに迷惑をかけた事が1番引っかかっていた。 その後1週間を鑑別所で移送待ちとして過ごして、盛岡にある盛岡少年に収容される事が決まった。 鑑別所に戻ってから、早速相馬さんから面会の要請があった。 鑑別所の、職員からの説得もあって面会に応じることにした。 久しぶりに会った相馬さんはやつれていて、とてもじゃないけど、見てられなかった。 それでも相馬さんは「ご飯ちゃんと食べてるの?」 「顔色悪いけど大丈夫なの」 と僕のことを、心配してくれた。 とりとめない話しをしたあとに、 「私たち、ひまわり園のみんなは何があっても義之の味方だからね。私たち家族なんだから」 それを聞いて僕は気がつかないうちに涙をながしていた。 最後に相馬さんは、 「義之は私たちにとって大事な家族なんだから、義行に何があっても私たちは義之の味方だからね」 面会終了前に相馬さんは「みんなで待ってるから」と、言ってくれた。 僕はもう、顔も、あげられないくらいに泣きじゃくっていた。 相馬さんと面会が終わってから、約1週間後に盛岡にある少年院へと、移送される事になった。
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