友達 亀田弘樹

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友達 亀田弘樹

「は?また、アンタ?しつこくね?」  一度食らいついたら死んでも離すな。出版社に勤め始めたころ、先輩から教えられた。毛頭、死ぬつもりはなかったが、離すつもりもない。 「マジで勘弁してよ。昨日、何時に帰って来たと思ってんの?二時だよ?二時」  ランニングシャツに、派手な柄のボクサーパンツの出立ちで玄関先に立つ亀田弘樹は、苛立った様に頭を掻きむしった。 「だいたい、こっちの迷惑とか考えろよ。だからマスゴミって言われんだろ」  そう言えばこちらの腹が痛むとでも思ったのだろうか、言われ慣れすぎてすっかり麻痺しているのだ。痛くも痒くもない。財布から五千円札を一枚取り出しして、チラつかせてやる。仕方ない。これも必要経費だ。残金は六百円ほどだが、自宅に帰るくらいなら、なんとかなる。 「え?くれんの?つかもっと早く言えよ、おっさん」  そう言って案内された六畳一間のワンルームは、意外なほどに整頓されていた。ただ、男二人が生活するには随分狭い。持田はじめは一月ものあいだ、このワンルームに身を寄せていた。家主にとっては随分、迷惑な話だっただろう。 「女に振られて行くとこないって、毎回ウチ来んの。アイツ、アホだけど可愛いとこあるから、最初は優しくしてやんだけど、やっぱアホだから、空気読めねぇっていうか」  メンソールのタバコに火をつけ、亀田は呆れたため息と同時に、煙を吐き出した。その指にはシルバーのゴツい指輪が二つと、親指の付け根に、梵字と思しき刺青が一つ。歳は二十五だと言っていた。持田はじめとは、以前、ドロップキックというバーに勤めていた時に知り合ったらしい。 「いいよつったってさ、限度あるっしょ?正直、ずっと面倒みてやれねぇし」  至極真っ当な意見だ。見た目に反して、常識的ではあるらしい。亀田は続ける。 「アイツ、見た目はいいから、めちゃくちゃモテんの。顔知ってる?」  手帳の間には事件前に務めたバイト先で手に入れた履歴書のコピーがあった。ブルーバックの小さな長方形の中には、白い歯を見せる持田はじめの姿があった。確かに顔立ちは悪くない。だが、周囲が口を揃えて称賛する何かがある様には見えなかった。 「男も女も見境いなしだし、───ダラシねぇから、とにかく揉め事多いんだよね。去年だっけ?付き合ってた女の子に刺されたの」  正確に言えば去年の十月九日、持田は路上で二十八歳のキャバクラ嬢と口論になった際に、脇腹を刺されていた。持田本人が情状証人として裁判に出廷したため、女は実刑二年、執行猶予三年の判決を受けている。 「そのウチ殺されんじゃね?って思ってたんだよね。綺麗な別れ方なんか一回もないし。だから、こないだも、どっかで死んでんじゃねぇかな?って心配んなって、警察電話したわけ」  亀田は失踪から一週間後の六月十六日、ようやく警察に届け出た。 「ちょっとして、おまわりが話聞きたいってウチ来たから、あー、やっぱ死んだんだって思ったわ」
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