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元刑事 H野A雄
警備コンサル会社の社員として勤めるH野A雄は、三か月前まで警視庁の刑事として勤務していた。
「色んな事件あるんですけど、あれはちょっと異常でしたね」
刑事を辞めようと決めたのも、猿渡の起こした事件がきっかけだったという。
「押収品ってあるでしょう?家宅捜査で引き上げてくる。あれって全部中身を我々で確認しなきゃいけないんですよね」
猿渡の部屋は本人の性格か、埃一つなかったという。壁一面に嵌め込まれた飾り棚に、丁寧にパッケージされたDVDが並んでいたのだそうだ。ジャケットは全て若い男性の顔写真で五十枚全部が違う人物だった。
「几帳面なんですかね?全部自分の一眼レフカメラを使って撮影してました。自宅にジャケット撮影用の部屋まであったらしくて」
DVDの中身は全て、猿渡が撮影したセックスビデオだった。
「全部確認するのに、三週間も掛かりましたよ。ああいうのが趣味の人は良いんでしょうけど、こっちはそうじゃないですからね」
ヘテロセクシャルのH野にとっては、ただただ苦痛だったそうだ。
「ただね、人間ってすごいもんで、毎日見てると慣れるんですよね。麻痺するっていうか、なんていうか」
一週間もすれば、何も考えずに無心で見られるようになり、十日を越えれば、差別的な冗談も言い合える程度になっていたそうだ。
「でもね、それがどうにも解せなかったというか。セックスビデオだけじゃなくて、これが普通だっていう感覚が嫌になっちゃったんですよね」
そうしてH野は退職を決めた。H野の言うとおり、フリーライターという職業も、特に事件を追う我々は、世間とは大きく乖離する常識の中で生きている。その現実に不信感や違和感を持った時が、この仕事の潮時だ。それらが足枷になり、身動きが取れなくなるからだ。H野もまた、持田はじめによって人生を変えられた一人だと言える。
「被害者のビデオはちょっと特別というか、血生臭さがハンパ無かったですね。指を切断するところが映ってたり、かなり際どい虐待がありました」
切断された指は、何故か持田はじめの実家に届いけられた。
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