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バンビーナ・チコのママ チコ
「スペイン語は男性と女性だと最後の母音が変わるのよね。男だったらマリオ、女だったらマリアみたいに。体も見た目も男だけど、心は女の子なのよアタシ。だからバンビーナ」
チコは男の子という意味だそうだ。
「いい名前でしょ?」
確かに理に適っている。
持田と猿渡の最初の接点になった店は、大通りから少し脇道に逸れた半地下にあった。店に入ってみて意外だったのは、女性の客が少なくないことだった。
「女性お断りって店もあるけど、ウチは全然構わないの。嫌がるお客さんもいるけどね。マナーのなってない子はおんだすけど、そうじゃないなら、いくらでもどうぞって感じ」
広い店内には終電間際にも関わらず、二十人近い客がおり、店子と思しき若い男の子が三人ほど、テーブルの間を行ったり来たりしている。
「もっちーにも一回ヘルプで入ってもらったことあるんだけど、あの子、向いてないのよね。客が離したがらないし、本人も本気で飲んじゃうから、接客に向いてないの。どうぞ」
水滴を拭き取りながらチコはカウンターに、焼酎の水割りが入ったグラスを置いた。飲みたい気分でも無かったが、何も頼まないわけにもいかない。氷で冷えた水割りを一口煽る。濃いめの水割りは、喉をわずかに焼きながら胃の中へと落ちていった。
「ウチはなんでも濃いめなのよ。こういう店って出会いの場っていう側面もあるから。シャイなお客さんだと、酔った勢いっていうのが必要なこともあるのよね」
出会いに苦労するのは、どの業界も同じらしい。かく言う自分も四十になってなお、独身だった。独身を貫いていると言えば格好もつくが、仕事に明け暮れているうちに気付けば、というのが本当のところだ。
「猿渡さんだっけ?あの人はいつもそこんとこで、一人で飲んでたわね。もしかして、獲物でも物色してたのかしら?」
店内で持田と接触していた気配はない。
「たまに一緒になることもあったけど、もっちーはモテるから、相手には困らないのよ。アタシが知る限りじゃ、顔見知りって程度よ」
実際、二人が接触したのは、亀田のアパート近くのコンビニでの事だ。猿渡から持田に声を掛けており、コンビニ前の喫煙所で話す姿が目撃されていた。持田のスマホには猿渡と連絡を取っていた痕跡はなかったため、そこで初めて話をした可能性が高かった。
「気を付けなさいよって、あんなに言ってたのに。真正のヤリチンだから、どうしようもないんだろうね。病気にならなかったのが奇跡よ」
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