爽籟に溶けていく君は

1/9
前へ
/9ページ
次へ
 窓から差し込む日の光に、僕は思わず顔を(しか)めながら起き上がる。  まだ完全に覚醒し切っていない頭を使い、目元に指をあてる。昨晩まではあったが無いことに疑問を持ちつつ、どこかに落ちてしまったのだろう愛用しているを探した。  しかしそれは容易ではなかった。  目を凝らせば、ぼやけた眼前に見えてくるのは一面に広がる資料たち。  そこで僕は、ああ、そうだった、と昨夜の自分の行動を思い出す。  仕事の為に広げた論文、医学文書、そして医学書が机上に散乱していた。  その中から『メガネ』という小さな物を探し当てるのは少々骨が折れるというもの。  しかし無ければ生活に支障をきたすので、僕は一生懸命になりながら散乱した机上を探し、ついに10分ほどして目的であるメガネを探し当てることができたのだった。  ここでこんな時間を要するとは思ってもみなかった。若干の気疲れが僕を襲った。  寝落ち、恐るべしである。  “カシャッ……”  どこからかシャッター音が鳴った。  僕は探し当てたメガネを目元に掛け、シャッター音の聞こえた方へ視線を向ける。 「……ああ、おはよう、爽子(さわこ)さん」  ファインダーを覗き込みながらもう一度シャッターを切り、君は微笑む。  きっと、今撮影された画が君の満足のいくものだったのだろう。  は微笑んでいた。  僕に声を掛けられたことで彼女はファインダーから視線を外して、そして僕を見て同じように微笑んだ。 「おはよう、鹿目(かなめ)先生」  これは、僕と爽子さんの不思議な2か月間の話であり、  また、  彼女のである。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加