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「あっ……」
「え……?」
第2音楽室の入口を施錠していると、階段をゆっくりと降りて来る足音が聞こえた。第1音楽室を見回りしていた山本先生かと思ったけれど、それは予想外の人物だった。
残すところあと数段のところで、彼女が立ち止まる。施錠した鍵を右手に持ったまま、僕は彼女のことを見上げていた。
「あ、あの……同じクラスになった、水瀬愛菜です。こ、こんばんは」
「あっ……えっと……木梨彼方、です。こんばんは……」
お互いにぎこちない挨拶をしたっきり、すぐに会話が途切れてしまう。お互いにこの次に何を話したら良いのかが分からないでいた。
水瀬さんは肩付近まで伸びた黒髪で、身長は僕よりも10cmくらいは低そうに見えた。学校指定の通学用カバンを背負っていて、スカートの丈もきっちりと膝下まで伸びていた。それでも、穏やかそうで整った顔立ちをしていて、周りの男子から人気がありそうな雰囲気をしていた。
「あの……水瀬さんも部活、終わったの?」
「あ、うん……全体練習は終わったんだけど、ちょっと居残りで自主練、かな。私、周りより下手くそだから……」
「……そっか。僕も居残りしてた」
「木梨くんも……?」
「うん。僕も下手くそだから、自主練」
夏樹みたいに会話の引き出しが多いわけでなく、僕は水瀬さんに他愛無い話題を振ることしか出来なかった。ほぼほぼ初対面に等しかったため、ちゃんと話せているのかどうか不安になる。
それでも、頑張って水瀬さんの顔を見て話そうと思った。
「そうなんだ。美羽、ちゃんとやってる?」
「え、美羽? うちのボーカルの、藤咲美羽のこと?」
「うん。中学に入ってからずっと同じクラスで、よく話し相手になってくれてたの。今年も同じクラスで嬉しいなぁって思ってた」
「へぇ……美羽と水瀬さんって、仲良かったんだね」
明朗快活で後腐れない性格をしているボーカルの藤咲美羽。そんな彼女と水瀬さんの仲が良かったとは、ちょっと意外だった。見た目的にも正反対の性格をしていそうに見えるし、話す話題も全然異なっているように見えた。
それでも、何となく安心している自分がいた。クラス替えがあった今日の朝、水瀬さんは教室で誰とも話すことなく座っていた。もしかしたら話せる友人がいないのかなと思っていたけれど、美羽がいるのなら一安心だった。美羽はいつも遅刻ギリギリに来るから、今日の朝は話す機会がなかったのかもしれない。
「鍵……返しに行くの? 私も、鍵……あるから」
「あっ……そ、そっか。じゃあ……事務室まで、一緒に行く?」
共通の人物の話題はスムーズだったが、いざ自分たちの会話になると、まだまだ僕も水瀬さんもぎこちない態度になってしまっていた。
いつもはそんなに遠く感じない事務室までの道のりが、今日はやけに遠く感じられた。
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