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それだけが事務室に音楽室の鍵を返却し、昇降口へと向かう。校舎の中に生徒が残っている気配はなく、暗闇になるまでグラウンドで部活をしていた運動部の人たちが少しだけ残っているくらいだった。
靴を履き替えた僕たちは、ゆっくりとした足取りで校舎から正門の方へと歩いていく。自転車置き場は正門を入って間もないところにあるため、少なくともそこまでは水瀬さんと一緒だった。
「……水瀬さんは、自転車通学?」
「あ……ううん。私は電車通学。駅までは歩いて行くけれど、駅までは近いから」
「そっか……電車か。毎日大変だね」
「5つくらい先の駅だから、そんなに遠くはないよ。駅から家までも近いし……」
「そっか……」
お互いにか細い声で話しているため、周りからすれば何を話しているのか分からないレベルだろうと思う。それくらい、僕と水瀬さんの会話はどこかお互いにおどおどとしていた。
こういうとき、夏樹ならどういう話をするのだろうか。夏樹のことを羨ましいと思ったことは無いけれど、誰とでもすぐに仲良くなれるスキルというのは、今の僕に必要なことなのかもしれない。
そんなことを思っていると、正面から誰かが物凄い勢いで昇降口の方へと走ってくる。足元をぼんやりと見ていたため、直前になるまで迫り来る人物に気が付かなかった。
「おぉっす、彼方っ!! こんな遅くまで練習かっ!?」
「うわっ! は、颯斗っ!?」
僕の背後に回り込み、盛大にヘッドロックを仕掛けて来たのは、グラウンドでサッカー部の練習をしていた颯斗だった。
何とかして颯斗を振り解き、いきなり突撃してくるのはやめるように声をかける。その間、水瀬さんは口を開けて呆気に取られていた様子だった。
「はは、悪い悪い。親友の姿が見えたから、ついテンションが上がっちまったよ。って……何で水瀬が彼方と? ……はっ、まさかお前っ!?」
「違う、違うからな! 水瀬さんとはたまたま音楽室の前で会っただけだ! 間違っても周りに言いふらしたりするなよ!」
一生懸命に身振り手振りで表現して、颯斗が言ったことを全力で否定する。その間、何が面白いのか、颯斗はずっと楽しそうに笑っていた。
「まあ、水瀬は男子から人気があるから、お前じゃ無理だよな! いや、てっきりオレはお前と水瀬が」
「だから違うって言ってんだろ。第一、水瀬さんと僕とじゃ、見ているものが違い過ぎるだろ……バカやろう」
「木梨……くん……?」
分かってはいたことではあるが、いざ真っ向から指摘されてしまうと、少なからずダメージはある。唇の端を噛み締めながら、僕は颯斗のことを追い返した。
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