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* * *
「姉ちゃんは私が見たあの大きなてるてる坊主のこと覚えてる?」
突然妹に問われ、私は言葉を詰まらせた。
「……なんとなく覚えてるけど、それがどうしたの?」
嘘だ。片時も忘れずに覚えている。風のようにゆらゆらと揺れる影。下を俯いたシルエット。そして、残酷さをも感じる幼き妹のあどけなさ。
だが、私と同じように彼女もまたあの日の記憶が消えていなかった。それを今になってようやく気づいたのだ。
「結局あれってなんだったんだろうなって思ってさ。ほら、あそこにも同じようなのが見えるしょ?」
妹が視線を送った先は真向かいのビルだった。どのフロアにも明かりが点いている。おそらくオフィスビルだろう。
だが、その中で一室だけ明かりが点いていないフロアがあった。
その一室の窓際で、黒い影がゆらゆらと揺れていた。まるで風に揺れているてるてる坊主のようだ。
――もしかしてこの子が見ていたのって……雨じゃなかったの?
顔が青ざめていくのを感じながらその影を見つめる。そんな私を妹が心配そうに見つめてくる。
「どうしたの? 大丈夫?」
「……ううん、なんでもないよ」
静かに首を振るが、妹は不思議そうな顔で目をぱちくりさせていた。
知らないほうが幸せなこともある。
そして、その幸せを守る義務もある。
だから私は口を閉じた。あの日の真相も。今もなお、ゆらゆらと揺れる影のことも。
あの日に聞いた雨音が蘇る。
あの大きなてるてる坊主たちは、いったい何を思って吊されているのだろう。
――あなたがそこで首を吊ろうが、誰かの心が晴れるわけでもなかろうに。
そんな野暮なことを思いながら、私は深くため息をついた。
雨は、しばらく止みそうにない。
【てるてる坊主は、誰かの死体。】終
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