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街を抜けると雪になった。
湿った寒さがまとわりついて来る。
沿道の雑木林には、うっすら雪が積もり始めている。
さすがに街を離れると寒さも違うようだ。
ヒーターのつまみを一つ上げる。
外の景色ぜんぶが青白く見えるのは、雪のせいだろう。
カーラジオから、ギターの音が聞こえてくる。
雪がちらついている、こんな夜には似合いそうな曲だ。
バッハのBWV1001番、フーガだ。
謹厳で、暗鬱で、人の一生を思わせるような深さがあって
忘れられない曲。
ゆり子がサークルの合宿で月光を浴びながら
つっかえつっかえ弾いていた曲だ。
ギタリストの奏でる音色が、
耳の中でゆり子のつっかえながらの音色になり、
次第に篠田悠祐の、その容貌と同じく端正で
繊細な音色に変わっていく。
-俺は、不安なのかな。
もう3年以上も前の事にも関わらず。
篠田は大学に残って研究者となり婚約者もいる。
篠田は最初からゆり子とは、
同じサークルメンバーという以外何の関係も無い。
ゆり子が一時期篠田に恋心を抱いていたというだけだ、
ゆり子の許へ車を走らせているのは俺なんだと言い聞かせ、
なんとか自分を落ち着かせようとする。
-…でも、貰ってくれるかな
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