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助手席には小さな手提げの紙袋がある。
兄の織部が出張の帰りにベルギーで買ってきたものだ。
兄が帰国したと言うので実家に呼び出された夜。
リビングに入ると兄と義姉がいて、
兄は俺を見るなり部屋の隅に置いた鞄から何か出してきた。
「伊織」
小さな水色の手提げ袋を差し出す。
「お前は甘いもの嫌いだったな。チョコレートなんだ。これ、彼女に」
品のいい水色に金文字で何か書いてある。
中にはやはり同じ色の地に、
金色で模様が描かれた八角形の箱が入っている。
ゆり子にみせたら喜びそうな意匠だ。
ゆり子の嬉しそうな顔が浮かんだ。
それと同時に、
拒絶されるかも知れない、と考えると気が重くなった。
兄は俺とゆり子の関係を知らない。
何の疑いもなくこちらをまっすぐに見つめられ、
「ああ」とだけ言って受け取り下を向いてしまった。
少し不審そうに沈黙する兄に、取り繕うように
「びっくりしたよ。ありがとう」と笑って見せる。
兄は俺が照れていると思ったようで、
「予定より早く終わって時間が空いたんだよ」と微笑んだ。
気がつくとフーガはとっくに終わり、
プレストの激しい音の羅列も終わろうとしていた。
車の外は相変わらず雪がちらついている。
走る車の姿もない。
田舎町の、ゆり子の住む古アパートが見えてきた。
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