Belgian chocolate~恋とフーガ 番外編2~

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駐車場の空きスペースに車を止め、助手席の手提げを取り上げる。 錆びついた、やかましい音を立てる階段を上がり呼び鈴を押すと、 「はーい」と明るい声が返ってきた。 「森田です」 二、三度ドアノブをひねる建付けのわるそうな音がした後、 ドアが開いた。 「寒かったでしょう?」 玄関が暗くて顔がよく見えない。 髪の香りが鼻のあたりにまとわりつく。いつもの香りだ。 ゆり子の向こうはあかるく、蛍光灯の紐がぶら下がっている。 「こんばんは」 「入って。」 ゆり子が背中を向ける。微笑んでいたようだ。 後ろ手に玄関のドアを閉め ゆり子の後について茶の間に上がる。 施錠はノブの真ん中についているボタンを押すだけだ。 ゆり子は、一体いつになったらこんな不用心極まりないアパートを 出る気になるのだろう。 警戒心というものが無いのだろうか。 …いけない。 今日はどうも、不満や不安ばかりが浮かんできてしまう。 車でバッハのあの曲のせいか。 「あら。ニットのセーター。」 コートの前を開けるとゆり子が両脇に腕をすべりこませ 背中に手を回す。 からだが密着する。 胸にぴったりと頬を当ててゆり子が息を吸う。 俺は背中に腕を回してやる。 「雪のにおいがする」 「そんなにおい、あるんですか」 「うん」 目をつぶり、気持ちよさそうに胸にほおずりする。 ゆり子の髪にほおずりして肩を抱く。 さっき玄関で漂ってきた髪の香りが一層強くなる。
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