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「お嬢様、どちらに?」
人目を盗んでそーっと外出しようとしていた邑井 澪だったが、エレベーターの扉が開くと、中に乗っていた人物に気付かれて声を掛けられた。
相手は澪の姿を認めるなり訝しげな視線を向けてくるので、えへっと誤魔化しの笑顔を返してみる。だが澪の行く手を阻むその人は、そんな小細工が通用するような人ではない。
「今夜は時岡会長の就任祝賀パーティでしょう。お嬢様も支度を始めませんと、間に合わなくなりますよ」
この家に仕えてすでに十年の歳月が経過している執事の嶋山 朝人は、当然のように邑井家全員の予定を把握している。
現在二十一歳の澪と干支が同じ彼は、三十三歳の割に眼光が鋭い。骨格がしっかりした男性らしい身体つきに黒いスーツを纏い、凛とした端正な顔立ちでじろりと見下ろされるだけで威圧感を覚える。
そんな彼に見つかった時点で、澪が面倒なイベントから上手く逃げられる可能性は潰えたも同然だ。だが計画の失敗を理解していても、少しぐらい抵抗する姿勢は見せておきたい。澪はパーティなどには一ミリも参加したくないのだから。
「ねえ、朝人さぁん」
「そんな猫なで声を出されてもだめです。早くご準備なさってください」
甘えるふりをしてどうにか逃れようとしたが、あっさり一蹴される。そうこうしているうちにエレベーターの扉は閉じてしまい、一階に向かって下降していく。次にあの箱がこの四十七階にやってくるまで、最低でも三分はかかるだろう。
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