観察者

1/1
前へ
/18ページ
次へ

観察者

タキは教員になるのは初めてだった。 今井 哲こと タキは、 大学卒業後に海外の途上国で教師の仕事をしていたがホームシックから精神を病んでしまい、帰国後2年間ニートをしていたという設定だった。 「何故2年間ニート? もうちょっと気の利いた何かに出来なかったのか?」 タキはエージェントの嶋に尋ねた。 「記録と行動の齟齬を埋めるためです。公的な記録は1ヶ所改ざんすると 辻褄合わせでアチコチいじらないといけない時があるので、あまり改ざんしたくないんですよ…」 嶋は汗を拭きながら、わかるようでわからない返答をした。 「という事はコイツは実在の人物なのか?」 タキの問いに嶋は頷く。 本人は今何処にいる?と言いかけてやめた… あぁコイツも工作員だった… わかっていたはずだったが、すっかり嶋の外見に騙されていた。 どんなに温厚そうで、人懐っく見えても 一瞬だけ嶋の目に浮かんだ、トロンとした冷たい光は、何度も人を殺害した事のある人種の独特の目だった。 それは自分が所属する国の闇だった。 タキ自身は今の仕事で自分の手を汚す事はほとんどない、ソレは観察者だからだ… それでも過去には、何人も殺していた。 自分も同じような目をしているのかと思うと思わずゾッとした。 嶋からは、合成された海外での仕事風景の写真や各種身分証明書、資格証などが渡された。 コレも目を通して置いて下さい。 と渡されたUSBには、今井 哲のこれまでの人生と授業の進め方マニュアル、先生あるある話をまとめた物が入っているという。 「ちょっと教師は無理がないか?」 「生徒には応仁の乱の合戦の様子でも聞かせてあげればいいじゃないですか。」 嶋は冗談のつもりらしいが笑えなかった 「せめて体育教師がよかった…」  「文句ばかり言わないで下さいよ 隣りのビルから水上月子を観察するよりはマシでしょ? 超が付くほど特別席ですよ。」 確かに嶋は優秀だった。 俺をここに送り込むために、ありとあらゆる手段を講じたのだろう。 「そうだな… 手間をかけさせて悪かったな。」 と俺が言うと 「仕事ですから…」 とそっけない返事が返ってきた。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加