一章 白昼の略取

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「小才は、まだ書くべき話を持っていないので……」 富豪女子から、こなれた悪態が聞こえた気がしたが気のせいだろう。相手はやんごとなき貴人なのだ。怒濤の罵詈雑言が鼓膜に打ちつけるのも気のせいだ。 「誰よ、かような汚穢を後宮に入れたのは! だいたい小説家ですって⁉ あの諸子百家中最弱思想家じゃない! 場を弁えなさいよ! ここは、戦国八雄の筆頭、洪鈞(せかい)統一に最も近い最強国家・(りん)の、高貴なる後宮よ!!」 侮蔑に満ちた碧眼の冴えは心震えるほど美しい。まっすぐ育った結果、こういう性格なのだと言外に示している。 おそらく目前までのやりとりはよそいきで、李翰は、なんていうかこう、見限られたのだ。 この貴人、ぜひとも宮中物に一人は欲しい登場人物だ――と、体験を今後の商売に生かす余裕は、小説家の李翰にはなかった。 なぜ百家最弱と名高い思想家・小説家が、王寵を競う女の園、後宮にいるのか?   それは李翰こそが聞きたい。
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