一章 白昼の略取

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李翰の今日は一言で言うと惨憺だった。 あるいは、洪鈞(大ろくろ)が混沌から天地と人を陶して(つくって)からずっと惨憺だった。 洪鈞世界の中央には、年に三回は氾濫する大河と、その恩恵たる沃野が広がる。 周辺住人たちはこの地を、世界の中心――中原(ちゅうげん)と呼び、焦がれ、統治者たらんと争う。 実際のところ、洪鈞文明は同時代最高の文化を有していたが、その水準に達した地域は他にいくつもあった。洪鈞が必ずしも世界の中心ではなく、世界のすべてでもないことは、うすうすみな気づいていたが、その誰もがこう思っているだろう。 まずは洪鈞(このせかい)どうにかしろ。 少なくとも李翰は願った。橋の下で寝起きし、市で芸を売る窮乏だからこそ日々こいねがった。 どこかの偉い人、洪鈞どうにかしろ。 血霧にむせて起こされる。 蹄鉄の音が遠ざかったのを確認して眠る。 市の穀物は高騰しすぎて金銀より貴い、 王たちが中原を巡り二百年争うこの世界を。
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