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ほとんどの時間を庭に面した窓の前で過ごす。
あたたかな日差しにお腹を向けて眠り、風の音を子守歌にまどろむ。たまには窓の外をじっと見つめて見張りをすることもある。
彼は毎日、夕方になるとやってきた。
ブロック塀の上をすたすたと歩き去っていく日も、庭を堂々と突っ切っていく日もある。どちらにしろ窓の前を――私の世界を彼は一瞬、横切るだけ。
彼を初めて見たときは警戒し、威嚇した。でも、彼は窓越しにちらっと私を見ただけでさっさと行ってしまう。
いつもそう。
彼が窓の前に――私の世界に現れるのはほんの一瞬のこと。警戒する必要も、威嚇する必要も、気に掛ける必要もない。
それを知ってからは彼が通り過ぎるのをただ眺めるだけになった。
ある日、激しい雨に立ち往生した彼が窓の前に――私の世界に長居した。庭に下りるための石段の上で濡れた体を毛づくろいし始めたのだ。
黒猫かと思っていたけれど、お腹にだけ白い毛が生えている。
あら、まぁ……と見つめていると、彼が黒い尻尾をゆらりと揺らして黄色い目をこちらに向けた。
「濡れねずみに興味があるのかい、白猫のお嬢さん」
このとき初めて彼の声を聞いた。決して大きな声を出しているわけではないのに窓越しでもはっきりと聞こえる低くて良く通る声。
私はパチパチとまばたきしたあと、白い尻尾をゆらりと揺らして艶然と微笑んだ。
「濡れねずみに興味はないわ。でも、濡れ猫になら興味があるの」
「なぜ?」
「私、水に濡れるのが大嫌いなの。あなたは好きなの?」
彼は目を丸くすると何が面白かったのか、けらけらと笑い出した。
そして――。
「俺も大嫌いだ」
そう答えた。
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