理解不能な夏の行方

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校舎の廊下の窓から、中庭がみえた。真ん中には設立当初から立てられている木があり、この学校のシルボルのようになっている。 大きいような、そうでもないような、よくわからない大きさのその木は青々しく葉をなびかせ、『またきたか』、と言わんばかりに僕を見ている。 葉先に触れながら溢れる日差しは、初夏の喜びを地面に映し、時折流れる重たい風によって表情を変えていた。 そんな、情緒あふれる色濃い夏に僕は高校に入ってから7回目の告白をしていた。 「茜さん、僕と付き合ってください」 7人目でもある幸坂茜からの返答、第一声はこうだ。 「やった」 「え? それじゃあ……」 「あ、ごめんなさい、違うの。私好きな人がいるから…… その、ごめんなさい」 嬉しそうに「やった」と口走ったあと、彼女は慌てて、すぐに僕をふった。そして、なぜか敗者である僕の前で、深々と頭を下げた。『追い討ち? 傷口に塩? 』そのような言葉が頭をよぎるほどだ。 「そ、そうなんだ。うん。わかったから頭上げてよ。僕は全然大丈夫だから、本当に。気にしないで。でもなんでそんな深く頭下げてるの? これじゃあ、まるで僕が悪いことしたみたいじゃないか? ってなんてね。ほら、こんなジョークが言えるくらいなんだから僕は全然傷ついちゃいないよ、本当気にしないで。ね?だから……」とこの地獄のような光景を終わらせるべく、僕は早口で捲し立てるように伝えるが、彼女は頭を下げたままだ。 「やっぱ、だめだったか……」 僕はぼそりと呟いた。 少なからず、ショックをうけているのだろう。彼女の事がそれほど好きだったのかと聞かれると答えに困るが、僕のスペックで告白できる範囲では、それなりに上位の候補者であったことは認めよう。 野次馬の女子達がはしゃぎながらこっちをみている。 「茜いいなぁ…… かなえ?のやつ次は誰に告白するんだろう」 はっきりと聴こえる声量だ、せめて小声で話してもらいたいものだ。 それに僕の名前は『かなう』だ。 話し声をきいた限り、女子たちの間では僕に告白されることを少なからず嫌とは思っていないようだった。幸坂茜も例外ではないだろう。 それなのに、なぜフラれるのか僕には疑問だった。 「えっと……」 空気感と沈黙に耐えきれず言葉を発しようとするが、次に口にする言葉が思い浮かばない。 次第に汗がしたたるが、夏の暑さのせいということにしておこう。 さらに時間がたち、気がつけば、女子達しかいなかった放課後の廊下に人だかりができていた。普段なら部活に出ている連中もユニフォームを着たまま僕がフラれたのを楽しそうに見ている。まるでイベントのようにされてるのが心外だ。 体感にして10分くらいたった気がするが、実際には1分ほどだろう。彼女はようやく頭を上げて再び僕に謝った。 「本当ごめんなさい。でもありがとう!」 表情は喜んでいるようにも困惑しているようにもみえた。 「いや、こっちこそ急に告白なんかしてごめんね。迷惑だったよね……」 ううんと首を横に降り「そんなことないよ。でも、まさか私だとは思わなかったな」 「そ、そうだよね…… 」 「なんで私なの? だってかなう君私の事よく知らないでしょ?」 「そ、そんなことないよ」 「うそ、じゃあ、私のどこを好きになったの?」 答えられずうつむいた僕を見て彼女は頬を緩める。 「あはは、ダメだよ。ただ女の子と付き合いたいからって色んな子に告白したら」 「い、いや、でも僕は本当に……」 「じゃ、私もう帰らなくちゃ」 そう言ってすぐに視線もあわさず、障害物をよけるかのごとく見事な身のこなしで颯爽と去っていった。 頭の中でデータを整理している(立ち尽くしている)とフラレた僕を見て笑う野次馬達の話し声が耳に入る。 「あいつ、またフラれてる。ださっ…」 ダサかろうが僕は気にしない。結果だけをみると、フラれたのだろうが、僕から言わせればそんな事は些細な問題だ。なぜなら、僕はある実験をしているだけなのだ。 その実験とは、端的にいえば、『人はなぜ恋愛をすると頭がおかしくなり、理性的じゃなくなるのか』というものだ。 その答えを知るために僕はこうして、告白を繰り返して恋愛できる人物を探している。 この実験をしようと思ったきっかけは高校一年の冬休みだった。その時、父の実家に帰省していた。ふと気になって、おばあちゃんにおじいちゃんとの出会いを聞いた。 戦後まもない当時では、家柄や身分を気にする家庭が今よりも多くあったといい、そのせいで、二人は苦難の恋を強いられた、とおばあちゃんは照れながら話し始めた。 特別家柄がよかったわけではないだろうが、それでもおばあちゃんの家は代々地主をしていて、それなりに裕福な家庭に育っていた。 いわゆるお嬢様というやつだ。 そんなおばあちゃんに商人の家系で育ったもののごく平凡な暮らしをしていたおじいちゃんは一目惚れをしたらしい。 当然、相手方の両親に猛反対された。 しかし、おじいちゃんはめげずに雨の日も雪の日もおばあちゃんの家にラブレターを渡しにいったそうだ。 完全にストーカーだと思うが、それがきっかけでおばあちゃんは叶(かなう)家に嫁いでいる。 僕はその話しを聞いて、不思議に思った。 おじいちゃんに「なんでわざわざ手紙を渡しに行ってたの? 当時、郵便はなかったの?」と素朴な疑問をきいた。 するとおじいちゃんから意味不明な答えが返ってくる。 「そんなこともしらんのか? 男は好きな女ができたら、その人に好かれるためならなんでもするもんだ」 「うーん、なんでもはどうかな…… でもどうして手渡しなのさ」 「シンゴには好きな女の子はおらんのか? もう十六じゃろ?」 「そ、そんなのいないし、必要ない。僕からすれば、まだ十六だし」 おじいちゃんははぁ、とため息をついてやれやれといった感じで首をふった。 「それじゃあ、まずは好きな子をみつけろ、理屈じゃない。心が動くような子をみつけることだ。そうすれば、お前もじぃちゃんの気持ちがわかる」と言われ結局、なぜ手渡しだったのか理解できないまま話しは終わった。 最初から身の丈にあった人を好きなればそんな苦労しなくてすんだのに、と口には出さなかったがじぃちゃんの話しをききながら思っていた。 女性によって心が動くなんてことはこの先もないだろう。なら、もっと効率的に彼女という存在を作ろうと僕はある実験をはじめた。
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