理解不能な夏の行方

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本能を主として生きる動物の世界では、毛並み(見た目)や縄張り(力)、そして、多少の求愛行動によってほとんどの恋は成就しているらしい。 コミュニケーションなどほとんどない。なのに同じ動物である人間だけがなぜか、恋愛に対して過剰に条件をつけている。 恋愛という概念がいつから始まったのかは知らないが、くだらないルールを作ってくれたなとつくづく思う。 人間も本来はもっとわかりやすくていいはずだ。 人間の恋愛も毛並みや縄張り、つまり断片的な能力によってのみ判断されるべきなんだ。 僕はそれが可能だと信じている。 恋で自分を見失う事なんてありえない。 その事を実証すべく、僕はあえて女の子と面倒な交流を持たず、自分のスペックのみで勝負している。 これが成功すれば、面倒なやり取りや考えが不要になって世の中がもっと効率化されるはずだ。 ちなみに、僕のスペックはよくもないが、悪くもないと自分で思っている。学業で言えば成績は中の上、運動は苦手だが、昼休みにはごく稀にクラスの陽キャにサッカーに誘われることだってある。つまり、クラス内でのヒエラルキーもそこまで下じゃないはずだ。 告白がおわり、たくさんいた野次馬がほとんどいなくなると、その中から嫌な男が僕を見て不敵な笑みを浮かべていた。 「よぉ!」と、小さく手をあげるとこっちに近づいてくる。 「や、やぁ……」 同級生でクラスメイトの岡部だ。こいつは出会った当初から苦手だった。 嫌なエピソードを上げればきりがないが、とにかく馴れ馴れしく、デリカシーのかけらもない男ということはわかってほしい。 「お前また告白したんだって? クラスで話題になってるぜ。これで何人目だよ?」 「7人目……かな」 「ははは、すげぇな。なぁ、お前って女子なら誰でもいいのか?」 相変わらず嫌なこときくな、と心の中でつぶやく。 「そ、そんな事ないよ。僕だってちゃんと好きな人を選んでいるさ」 顔を背けながらそう答えると岡部はニヤニヤと口角をさらに下品に釣り上げる。 「そうか? お前が手当たり次第に告白してるから、女子の間ではお前に告白されると本当に好きな人と結ばれるなんて迷信じみた噂もあるくらいだぞ」 「え!? そ、そうなんだ……。だから茜さんも喜んでいたのか…… でも、僕はちゃんと選んでるよ」 そう、選んではいる。 「選べる立場かよ、好きでもないお前に告白される女の子の気持ちも考えろよ。それに、お前が今まで告白してきた女の子達ってなんていうか、バラバラだよな」 「バラバラ?」 「そうだよ、共通点があるわけでもないし、顔のタイプも全然違うだろ?」 「そ、それは……」 僕は言葉につまった。たしかにその通りだと思ったからだ。ただ、本当に誰でもよかったわけじゃない。僕は僕なりに、自分のスペックで成功しそうな子を選んだだけだ。 じゃあさ、と岡部が口を開く。 「次は一條まといに告白してみろよ」 一條まといとは、この学校では説明不要の人物だった。容姿端麗という言葉だけで現すにに物足りなく感じるほどの美貌を持っている。それでいて、謙虚で人当たりもよく、学業もトップクラスだ。 そんな一條さんに僕が告白……。 「そんなことできるわけない。男子生徒のほとんどが一條さんのこと好きなんだ。僕なんかが告白なんてしたら……」 考えただけでも恐ろしい。 「なにお前成功するとでも思ってんの? 大丈夫だって、どうせフラレるんだから。 俺らはお前がフラレるのを見たいんだよ。だれも成功なんて期待してない。それにこのまま色んな人に告白してもフラれるんだから、ここらへんで大物に挑戦してみろよ」 やっぱりこいつは嫌いだと改めて思う。 「嫌だよ。身の程しらずとか噂されるにきまってる」 「それはそうだろうけどよ、お前、変だとおもわないか?」 「この提案の方がよっぽど変だよ」 「マジでいってんだよ。あそこまで可愛いくて男からもかなり言い寄られてるのに、二年になっても男の噂一つきかないんだぜ?」 「そ、それは…… きっと自分に釣り合う人がいなかったんだよ」 「そうかもな、でも俺はそれだけじゃない気がする…… これは憶測なんだけど、実は一條は極度の男嫌いな気がするんだ」 「そう? 一條さんは男にも優しいけど……」 「それは見せかけだ。俺見たんだよ、アイツこの前、一個上の先輩に告白されてて急に男に手を握られたんだよ」 「そんなの、その先輩が悪いよ。体に触れるのはご法度だ」 「話を最後まできけって、それでその時は、笑顔でなんとかうまいこと言って断ってたんだけど、そのあとすぐに一條のやつがそそくさといなくなったから俺あとをつけたんだ」 「それもどうかとおもうけど……」 「アイツなにしてたと思う?」 「もったいぶるね、なにを見たの? どうせなにを言われても一條さんに対する僕の評価は変わらないけど」 「凄い表情で必死に手を洗ってたんだよ」 「それは誰だってそうなるでしょ。急に手を触られるんだから。それに、岡部君その光景をどこで見たの? まさかトイレまで……」 「ち、ちげぇよ。グラウンドだよ。あんだろ?グラウンドに蛇口が」 「なんでグラウンドなのさ?」 「誰にも見られたくなかったからに決まってんだろ」 「気のせいじゃないの? それか、その先輩の手が汚れてたとか」 「いや、違うな。あの表情と勢いは汚いとかのレベルじゃない。まるで、呪いかなんかを落とそうとしてるみたいだったよ」 「呪いって…… 妖怪じゃあるまいし……」 「あ? お前俺が嘘ついてると思ってんのか? じゃあ、お前触ってみろよ」 「ご、ごめん、そうじゃないけど、一條さんに限ってそんな……」 「だから、アイツはさ、作ってんだよ。完璧な自分を。それで周りを騙して心で見下してんだよ」 「一條さんはそんなことする人じゃないよ」 「へぇー、やけにかばうな。それに、クラスも違うのによく一條の事知ってんじゃん」 「いや、なんとなくそんな気がするだけだよ。 それに男嫌いだったらますます僕なんか相手にされるわけないじゃないか」 「いいだろ? 女好きのお前の数多くいる候補者として考えといてくれよ」 「い、いや…… 岡部君にはわるいけど……」 僕が断ろうとすると岡部は聞く耳をもたず強引話を遮った。 「やべ、もうこんな時間じゃん。じゃ、日にち決まったら教えてくれ、あ、一條に告白するってなったら噂になるか…… まぁ、いいや、なんか決まったら教えてくれよ。じゃあな」
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