翠雨〜翠の歌〜

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〜雷雨〜 あれからしばらく驟空とシフトが重なる事はなかった。 早く会いたい思いは翠に潤いを与えていた。 店長に「なんか、いい事あった?」 なんてからかわれても、思わず笑みが溢れる。 翠の日常は変化を見せてきたが 店内には相変わらず新人の曲が流れている。 ふっと翠の手が止まった。 「今日はこの方に注目してみましたよ。  さ、こちらへどうぞ、、、翡翠さんです。」 天井のスピーカーから流れる新人番組のアナウンサーの声が 翠の世界を静寂に変えた。 「こんにちは。 翡翠です。」 聞き覚えのある甘く懐っこい声。 「翡翠さんは、すごく綺麗な方ですね!  歌声もすごく綺麗!  嘘みたいですね」 驟空の端正な作りの顔が脳裏を過ぎる。 「今まで、女性の声で  投稿があったようですが・・」 驟空と空白が交互にフラッシュされめまいを誘う。 「はい。知り合いに  歌ってもらってました。」 『・・・知り合い?』 「ただ、このにわか雨は  僕が歌って伝えたいなと。」 『伝える?』 翠の肌も気持ちも逆立ち波打つ。 「わー  そうだったんですねー」 無機質に耳に触れるアナウンサーの言葉。 「それでは、作られたご本人の歌声でお聞きください。  にわか雨。翡翠さんです。」 静かなさざなみのようなイントロ ピアノが奏でるアルペジオ 甘く切ない声が驟空の美しさと響きあいながら重なっている。 この曲によく・・・あっている・・ やられた 2人の音楽の日々が走馬灯の如く巡る。 見えないビジョンが見え、驟空が歌う翠の歌が不協で歪み始めた。 久々に翠の心に雨雲が広がり鳴り止まぬ雨音が激しく心を揺さぶりかける。 途端に、現実が目の前に広がり音が帰ってきた。 今日に限って、幼い子供が店内を走り回る。 得体の知れない奇声を上げながら走り回る。 レジで並ぶ白髪の男性が黙らせろと翠に怒鳴りつけてきた。 突き上げる何かが翠の心に垂れ込める雨雲を突き破った瞬間 腹の底から声が出た。 誰もが驚く 激しく深い唸りのような歌声 あたりが水を打ったように静まり返った。 わずかなカウントの後 翠は歌い始めた。 翠の歌を翠の声で。 気がつくと、店内は込み上げる慟哭のリズムに包まれていた。 ここにいる全ての人が同じ拍を思い思いに感じながら 翠の憤りと悲しみと決別の思いに圧倒されていた。 天井から流れる翠の偽物を聞いている人は誰もいなかった。
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