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〜催花雨〜
あれ以来、あの時の出来事が忘れられずにいた。
いつもの道をいつものように歩く・・
翠はふと、立ち止まった。
『伝えたい』驟空は言った。
わたしは? 翠は自問自答していた。
私はなんで歌うの?
心の中でけぶっていたものが翠を刺激する。
人影まばらな駅のコンコース
まるでステージのようで・・
歌いたい
ただ、歌いたかった
軽くハミングをして響きを体に取り込むと
湖面を走る風のように
コンコースに歌声を滑らせた。
思いつく限りの歌が翠を通り抜ける。
翠だけの歌。
体と心が共鳴している
何もいらない
残らなくてもいい
感情が音となりあの日のように
湧き上がる音楽が唇からほとばしる。
翠の歌は行くものの足を止めていた。
耳に入る歌声が琴線に触れ聞く人の心をざわつかせる。
聞く人もまた、けぶる雨の中で視界を失っていたのだ。
気がつくと驚くほどの群衆が翠の歌を聴いていた。
翠の歌はひとりひとりに降り注ぎ
心の花に咲けよ咲けよとせきたてて染み渡る雨音のようだった。
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