愛で満たして。

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『茜ちゃんのそういうところ嫌い』 あたしはその一言に深く傷ついて、『別れよう』なんて言葉を彼に告げて、そしたら全部がどうでもよくなってしまったんだ。 「それにしても茜の方から声かけてくれるなんてな〜。こういうの辞めるって言ってたじゃん」 そう話しかけるのはいつだったか気まぐれに体を重ねた男。前園先輩に別れを告げて数日後。満たされないこの気持ちをどうにかしたくてあたしはまた昔と同じことを繰り返していた。相手の部屋に上がるや否や唇を重ね、そのまま服に手をかけるとベッドの上で快感を得る。ばからしいけど昔のあたしはこの瞬間とても満たされていた。だから同じことすればこの気持ちを上書きすることができる。そう思っていたのに…。 「茜?」 「え、なに」 「なんかぼーっとしてたから」 「あ…うん。疲れてるのかも、あはは」 満たされない。どうして。 あれから何度も繰り返しているのにあたしの心は一向に満たされない。それどころか苦しくなっていく一方だ。 『もっと自分のこと大切にしなよ』 いつか前園先輩に言われた言葉を思い出す。そんなこと今更思い出してどうしろっていうの。あたしにはもうわからない。何が正しい選択なのか、どこで間違えたのか、この満たされない気持ちの正体は一体何なの…? 「なあ知ってる?茜のやつ最近またヤらせてくれるようになったって」 「まじで?あいつやっぱり変わんねえな〜。声かけてくれっかな?」 最悪。またこんなことになった。まあ当然のことか、昔のあたしに戻っただけ。せっかく友達もできたのにこれじゃ悪い噂に巻き込まれちゃうし距離置かないと。嫌だなあ…また一人になっちゃう。誰か助けてよ。…なんて、自分勝手か。 「茜ちゃん」 俯きながら歩いてると聞き覚えのある声に名前を呼ばれる。おそるおそる顔を上げるとそこには先日別れを告げた相手である前園樹が立っていた。今更何の用だというのだ。私は話すことなんてない、そう思いその場を立ち去ろうとすると腕を掴まれそのまま強引にどこかに連れていかれる。声をかけるも前園先輩は返事をしない。ただただ黙って私を連れて行く。あたしはそれに従うことしかできなかった。 腕を引かれて辿り着いた先はあたしたちがいつも会っていた屋上だった。 「ねえ…離してよ」 沈黙を破るように言うと前園先輩は離すどころかあたしをきつく抱きしめる。 「俺言ったよね。自分のこと大切にしなよって。なんでまた同じこと繰り返してるの」 「…先輩には関係ない」 「関係あるよ。茜ちゃんの彼氏だもん」 「…この前別れたじゃんか」 あたしがそう言うと「俺は納得してない」と首を振る。確かにあの時あたしが一方的に言って立ち去っただけで前園先輩の口からはそれを受け入れる言葉を発していなかった。 「…俺、茜ちゃんが隣にいないのすごく寂しかったし、茜ちゃんがまた昔と同じこと繰り返してる噂聞いて苦しかった」 「…」 「ごめんね、俺がひどいこと言ったからだよね」 きゅっ、と私を抱きしめる力が強くなる。確かに原因は前園先輩にあるかもしれない。けれどあたしがまた繰り返してしまったのはきっと…。 「違う。あたしが弱いせい。先輩に嫌われて自信なくして、昔みたいなことすれば満たされると思ったの。…でも全然そんなことなかった。むしろ苦しくなる一方だった」 先輩は黙ってあたしの頭を撫でる。 「他の人とするたびに先輩から言われた言葉を思い出してつらかった…!あたし先輩といるときが一番幸せだったんだって…今更気づいて…」 「茜ちゃん」 ふと先輩から体が離れたと思うとそのまま顔を持ち上げられそっと唇が重なる。何度も優しく角度を変えて降り注ぐそれは私の心を満たしていく。 「この前は別れるなんて言ってごめんね。あれ今からでも取り消せる?」 「もちろん。というか別れたと思ってないから大丈夫!」 先輩はそう言って再びあたしを抱きしめた。それに応えるようにあたしもぎゅっと先輩を抱きしめる。先輩の心臓の音と体温が心地よくて安心感を感じた。あたしがその安心感に浸っていると水を差すように校内にチャイムが鳴り響いた。 「授業行かないと!ほら!先輩離して!」 「え〜せっかく仲直りしたんだからもうちょっと一緒にいようよ〜。授業なんてサボっちゃいなよ〜」 「次のやつは出ないといけない授業なの!」 「ちえっ。はいはい、離しますよ。でもその前に」 再び引き寄せられたかと思うと先輩はあたしの首元に顔を埋める。触れる金色の髪がくすぐったいと思っているとぺろりと舌を這わせそしてきつく吸い上げた。突然の出来事にあたしが何かを言う前に先輩は「大丈夫、たぶん見えないよ」とニヤリと口角をあげて言う。スマホを取り出し首元を確認するとちょうどシャツに隠れるかどうかの位置にそれは付けられていた。 「ばか」 「いいじゃん。俺のっていう証明だよ」 先輩はひらひらと手を振り教室へと戻っていった。その後の授業なんてもちろん集中できるわけなくて、首元につけられたそれに触れては体が熱を帯びた。恥ずかしくて、でもどこか嬉しくて、あたしが先輩から愛されてるという証だと思うと幸せで満たされた。それだけじゃない、あたしは先輩に触れるだけで満たされる。あたしが欲しかったものは先輩が全部与えてくれてたんだ。 好きだよ、先輩。 もっとあたしを先輩で満たしてよ。
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