夏川さんは、ずるい

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「ねぇ、ゲームしない?」  帰りのHR直前、夏川さんが言った。 「また?」  僕は思わず溜息を吐く。席替えで隣になってからというもの、夏川さんは毎日のように僕に色んな勝負を持ちかけてくる。しりとり、じゃんけん、にらめっこ。色々勝負したけれど、僕は一つも勝てていない。それは夏川さんが、いつも僕に不利なルールを設定するせいだ。しりとりの時は僕だけ「三文字の言葉しか使ってはいけない」と言われたし、じゃんけんの時も僕だけ「チョキ禁止」だった。にらめっこの時は夏川さんだけが「変顔しながらダジャレを言える」ルールで、僕はどうしても笑いをこらえられなかった。 「ねぇ、しようよ」  開いた窓から吹き込む風で、夏川さんの自然な亜麻色の髪が、さらりとなびく。透き通った大きな瞳が、僕の心を捕らえた。 「しょうがないな」  気が付くと、僕はそう言っていた。  夏川さんは、ずるい。 「今回は、当てっこゲームね」  夏川さんは弾んだ声で言う。また厄介そうなやつだ、と僕は思った。 「今日、中間試験の答案が全部返却されたでしょ。私の点数を全教科ぴったり当てられたら山本くんの勝ち。一つでも外したら私の勝ちね」  思った通り、僕にとっては不利なルールだ。こんなの僕に勝ち目はない。 「私が勝ったら、渋谷駅に新しく出来たクレープ屋さんのクレープ、奢ってね」  そして、夏川さんは図々しい。毎回、私が勝ったら何か奢って、と言ってくる。だけど、その度に僕はこの理不尽な条件に頷いてしまう。夏川さんも、きっとそれをわかっている。  夏川さんは、ずるい。 「英語92点、数学85点、国語95点、社会98点、理科83点」  僕はどうにでもなれ、と当てずっぽうで言った。夏川さんは僕と違って勉強が出来る。これくらい取れているだろう。夏川さんは、えっ……と呆然とした顔をした。普段は見せないその表情に、もしかして勝てた……? と僕の期待が膨らむ。 「全部外れ!」  だけど、夏川さんは満面の笑みで僕の期待を叩き潰した。 「やったー! 山本くん、絶対、クレープ忘れないでね」 「はいはい」  いつもこうだ。僕は夏川さんに振り回されてばかり。 「これ、答えね。じゃあ!」  夏川さんは、僕にメモ用紙を渡すとさっさと帰ってしまった。僕はその後ろ姿を見送ってから、渡されたメモ用紙を開いてみる。 33 22 44 04 33 メモ用紙に書かれた数字を見て、僕は思わずヤベっと呟いた。何というか……結構な点数だ。あの呆然としたような表情を思い出して、僕は心配になる。 (傷つけちゃったかな……)  そう思った時、メモ用紙にもう一枚紙が重なっていることに気が付いた。その紙には、「ポケベル変換表」という文字と、表が書いてある。 78004a07-ef7a-4b46-9717-ec9213c05f2d (ポケベルって、平成初期に流行した、あのポケベルか?)  僕は、ふと思いついて、さっきの数字をもう一度見た。  33 22 44 04 33  そして、それを「ポケベル変換表」に沿って解読してみる。すると、この四文字が導き出された。 “すきです”  僕は思った。  やっぱり、夏川さんは、ずるい。
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