廻る世界の行き止まりにて

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「今朝、教室で僕は思い出したんだ。正確には、思い出したわけじゃない。だけどあれは『思い出した』というふうにしか表現できないフラッシュバックだった。……記憶の中で、僕は担任のアイラ先生に恋をしてた」  恋という台詞に尻込みしながら、祐希(ゆうき)は正直に告白した。  ――愛良(あいら)は、生徒たちからアイラ先生と親しみを込めて呼ばれる女性教師だ。几帳面(きちょうめん)で真面目な性格のアイラは、規範(きはん)から外れた人間が許せないのだと常々(つねづね)言っていて、何事にもルーズで遅刻も多い堂島旭(どうじまあさひ)との衝突は、いつしかクラスの名物となっていた。ひたむきなアイラの姿に、祐希も自然と惹かれていた。  だが、そんな初恋の記憶が、本物の記憶であるわけがないのだ。 「今ここにいる僕は、アイラ先生に恋をしていない」  初夏の暑さに頭をやられたのかもしれないと、祐希も己の正気を疑ってはみたのだ。しかしどう引っくり返しても、今の祐希の心のどこにも、アイラへの恋心は残滓すら見当たらない。にもかかわらず断片的な記憶だけは、厳然と存在を主張している。祐希の告白を聞いた千比呂(ちひろ)は、思案げに人差し指を唇に当てた。 「担任がアイラだったのは、〝二番目のセカイ〟のときか」 「二番目のセカイ?」  硬い声で訊き返したが、千比呂は祐希を見つめるだけだ。(うなが)された祐希は、仕方なく主張を続けた。 「アイラ先生の件だけじゃない。僕の周りは異常だらけだ。でも一人だけ、正常に見える生徒がいた」 「それが、私?」 「僕を(はやし)って呼ぶことを除けばね」  幼馴染の千比呂に対してだけは、祐希は違和感を持たなかった。異質な世界での生き方をあらかじめ知っているような動きからは、どんな矛盾も辻褄(つじつま)合わせも()ねつける凜々(りり)しい力強さが感じられた。 「恥を承知で言うけど、SF映画みたいに時間を巻き戻した君は、過去を改竄(かいざん)した。違う?」 「そう訊かれたときは、形式として訊き返すべきだよね。本気で言ってる?」 「本気だよ」 「根拠は?」 「僕の記憶。思い出せないけど、千比呂は他の人にはできない特別な〝何か〟をした気がする。……本気だよ。だから千比呂も、本気で話してほしい」  笑っていた千比呂は、不意に真顔になった。奇抜(きばつ)な髪と同じオレンジ色の陽光が、目元に薄紫色の影を作る。逢魔(おうま)(とき)のような色彩が(あや)しげで、不穏な気配にぞくりとした。 「君が私を理科室に呼んだのは、『時をかける少女』になぞらえたから? 私が過去を改竄したっていう祐希の推測は面白いし、間違ってないよ。でも、少しだけニュアンスが違う。私は、世界を(つく)りかえたの」 「世界を、創りかえる?」 「いいよ。教えてあげる。私の能力を見破った林祐希は、君が初めてだし。それに、たぶんこれがラストチャンスだから」  ラストチャンス? その意味を、祐希が問い質すよりも早く――理科室の眺めが、魔法を掛けられたように一変した。
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