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「アイラは教師仲間との結婚が決まって、私たちは心から祝福してた。この〝二番目のセカイ〟の祐希だけは、内心複雑だったかもしれないけどね」
千比呂は、曖昧な笑い方をした。祐希は気まずくなったが、やはり何度考え直しても、現在の祐希はアイラに恋をしていない。
つまり――この世界も、千比呂は創りかえたのだ。
「この私は、みんなと明るく笑ってるでしょ? でも、本当は震えるくらいに怖かった。『あの人の母親』は、まだこの世界にいたんだから。私がどんなに『消えて』って念じて世界を歪めても、彼女の存在という『間違い』を、私はどうしても正せなかった。……そして私は、世界をやり直した代償を、ここで知ることになったんだ」
舞い散る紅葉が、突如として数を増した。紅の嵐は、悲喜こもごもを内包した同級生たちの笑顔を隠していき、理科室が完全な赤色に覆われる直前に、銀杏色のカッターナイフを振るう誰かの手が垣間見えた。
しっとりと濡れた赤色が、紅葉に紛れて雫を散らせた。高校生のうちの一人が、小さく呻いて蹲る。恋心以外にはほとんど引き継げなかった歪な記憶の全貌は、愕然とした祐希が叫ぶ間もなく、紅葉の海に攫われるように押し流されて、間違い探しの絵本のページは、また一ページ捲られた。
「待って、さっき一瞬、見えたのは」
「私の能力は、世界を少しずつ歪めている。私が世界を創りかえるたびに、世界を構築する部品が位置を変えて、正したい『間違い』以外の要素も変わってしまう。その所為で――〝一番目のセカイ〟の記憶を、引き継いでいる人が出てしまったんだ」
「待ってってば、僕の質問に答えて……えっ?」
千比呂が、祐希をじっと見た。祐希も、千比呂を凝視した。
記憶を――引き継いでいる? 花の種子のように埋め込まれた、密やかで初々しい恋の記憶が、急に腐敗して爛れた果実のように感じられた。背筋を、冷や汗が伝い落ちる。
「記憶を、引き継いでいる人って……もしかして」
冷えた秋風が、紅葉を弄びながら吹き飛ばした。赤色が拓けた空間を、菖蒲色の夕景色が埋めていく。理科室の黒板がある辺りには、川沿いの通学路が延びていた。今度は何を見せられようとしているのか、さすがに祐希にも予測できていた。
――〝三番目のセカイ〟だ。
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