つまらない日常

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つまらない日常

王様が座る立派な椅子の様な雲が坂の上に見える。聞き慣れた音楽。通い慣れた道。何も変わらない街。ただ退屈な毎日。刺激を求める年頃の彼には、人生とはつまらないものだと思わせている。 今日は風が気持ちいい。荷台を折り曲げた自転車に乗る彼はそう感じた。今日習った数学なんて将来何になるんだ。彼は心でつぶやきながら、重くなったペダルを力強く踏んで帰路に着く。 ニュースでは偉そうな大人たちが、なにか文句を言っていた。中には悲しい顔でお涙頂戴の話もするおばさんもいる。 今のトレンドはお偉いさんが殺されたってニュース。それが酷いもので自作の銃で撃ち殺したんだとよ。ネットを見ればその人ニュースだらけ。人が死ぬのは当たり前。そんな事でいちいち騒ぐなよ。仮に近所の婆さんが死んでも1週間もすれば忘れて普段通りさ。そのお偉いさんも一緒だ。来週になればしょうもない政治の話題で埋め尽くされるだろ。その人の運命だったんだ。静かにしてやれよ。 彼はテレビを消した。自室にカバンを投げ捨てベットにごろんと転がった。 窓の外からカラスが鳴いている。 「静かにしろよ、つかれてるんだ」 誰もいない汚い部屋で1人彼は呟いた。 少し寝ていた。外は暗くなっていた。母がなにか俺に向かって叫んでる。帰ってきたのか。俺は聞こえないふりをしてもう1度目を閉じた。 いつも通りの時間のアラーム。いつも通り支度をする。いつも通りの時間に家を出る。今日は昨日よりも暑い日になるらしい。何が楽しくて毎日学校に行くんだよ。少し苛立ちを見せながら坂を下った。 学校は家から近いところ。どこでも良かったんだ。将来の夢なんて無いんだから。彼がその学校を選んだ理由。 教室に着くと真っ直ぐ自分の机に向かった。リュックを掛けて朝飯を頬張る。俺はいつもコンビニのサンドイッチとコーヒーだ。 今日は体育がある。プール開きの日だ。悲しいことに女子は別らしい。 その日は体育の授業だけ真面目に受けた。その他は記憶が無い。みんなよく毎日飽きずに黒板に向かえるものだ。気が狂ってしまうぞ。そんな事を毎日思っている。その日俺は担任の先生に呼び出された。他の先生たちから俺の授業態度に関して苦情があったみたいだ。担任も大変だな。俺みたいな平凡で取り柄のない生徒を指導するなんて。将来が〜、みたいな事を言ってたけど。何も頭に入ってなかった。平謝りして反省しますと言ってその日は開放された。 1時間以上はいたのかな。こんなに遅い時間に帰るのは初めてだ。でもまだ空は青かった。ださい自転車に乗って学校を出た。 いつもより遅い時間だけどそれでも今日は暑い。風もない。信号機が赤になった。暑さにまいってた時、後ろから透明な声で話しかけられた。 「小野寺くん?」 聞き覚えのある声に咄嗟に振り返った。 そこには真っ白いワンピースをきた少し髪の長い女の子がいた。俺はこの人を知っている。同じ中学の子だ。少し大人っぽくなっていた。 「西野?だよね?」ちょっと浮ついた声で聞き返した。 「やっぱりそうだ!久しぶりだね!」 嬉しそうな声だった。お日様みたいなこの笑顔。俺は昔この子に恋をしていた。 西野は中学1年の夏に遠くから引っ越してきた。家が転勤族で受験を意識し出す頃にはもう居なくなっていた。近所に住んでたんだ。活発な子だった。一緒にみんなでサッカーとかして遊んでた。日が落ちるまでしてたっけな。あの時の西野は肌がきつね色だった。 「全然変わらないね!小野寺くん!」 嬉しそうな顔で俺にそう言った。あまり嬉しくない言葉だった。 「まあね 。」 ぶっきらぼうに返した。 「また越してきたの?」 「そうだよ。函館が好きでね。函館の高校に行きたいってパパとママに頼み込んだの。一人暮らしでもいいからって。土下座もしたんだよ。」 ちょっと引きつった笑顔だった。 「それにしても折角の北海道なのに、なんでこんなに暑いの。」 そう言いながら西野は小さくて白い手で顔を仰いだ。その時ワンピースの脇の所から薄い桃色のブラジャーが見えた。少しドキッとして目を逸らした。 信号が青になった。俺は自転車をおりて西野と横断歩道を渡った。 「小野寺くんはどこの高校なの?」 「あぁ俺は七重浜高校だよ。」 「もしかして家から近いからでしょ。昔からかわらないなぁ。」 「なんだよ。西野はどこの高校なの?」 「恵海は相愛だよ。セーラーが可愛いからね」 「ふーん。そうなのか。」 「まだ悪ガキでいるのかあ?」 ニヤついた顔で問いけてきた。 「もう俺は大人になったんだ。悪ガキって呼ぶな。」 俺はなんだか少し照れくさくて髪をクシャッとした。 「恵海が函館にいること知らなかったの?」 「知らなかった。未だ東京にいると思ってた。」 知るはずがない。相愛は女子高なんだから。昔から女子で仲がいい子なんていなかったし。 「懐かしいなこの坂。中学の時一緒の帰り道だったもんね。」 「そだね。懐かしい。」 西野が眉をあげて俺の方を向いた。聞こえなかったんだろう。 あの時は見えるもの全てが輝いて見えていた。 潰れかけのクリーニング屋も、胡散臭いスナックも、よく吠える犬も世界は楽しさに満ちていた。 でも西野が転校したあの日から枯れたように、色を失ったようにつまらない世界に見えた。 少し綺麗めのアパートの前に来た。 「恵海の家ここだから!今度おいでよ、今は散らかってるから無理だけど、、、」 少し顔が赤くしながら俺に言って、じゃっと小さく手を振って綺麗な白い後ろ姿の彼女はアパートの階段を上った。 俺は自転車に跨ってペダルを踏み出した。 今日のペダルは少し軽い気がする。なんだか空も綺麗だな、端の方がピンク色に見える。目線を少し下にやる。この街はこんなにも彩やかだったんだ。 今日の帰り道はいつもと違う気がする。 あんまり漕いでいないのに、なんでこんなに心臓が鼓動してるんだろう。 まぁいいや。少し遠回りして帰ろう。 「日が落ちるまでには家に帰ろ。」 ちっちゃく呟いて思いっきり踏み込んだ。 また明日会えるかな。
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