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まるで幻のようだった。目の前には豆の大木がそびえ立っていたが、日の下でみればただの植物で、人のようには思われない。辺りを見回しても、すでに日常を取り戻していた。
「朔哉。夢哉にとって、神津で人のまま治療を続けるのと、ここで木として生きるのとどちらがいいと思う?」
その問いかけが信じられなかった。
「先生! 信じるんですか?」
「信じはしない。けれども理には叶っている」
「どこが⁉︎」
桜川が言うには、卵子の受精後、受精卵が分割する過程で突然変異が生じることがある。その異常は片方が集中して引きうけることが多く、研究結果では15%に偏りが見られるそうだ。
「植物関連のゲノムが突然変異し、夢哉に偏ったことが夢哉の病の原因である可能性がある。つまり祟りではなく、やはり遺伝病だ」
「病気……? でもあの男が原因なのでしょう?」
「あの男が何なのかはわからないし、考えても仕方がない。過去に何かあっても、既にお前たち固有の遺伝子情報として、植物化は組み込まれている。それに男の言う通りなら、男がいなければお前たちの先祖は死んでお前たちは生まれていない」
それは……そうなのかもしれない。
けれども問題は今の夢の病気だ。原因は、俺なのか。俺が夢に異常を押し付けたからなのか?
『僕が僕じゃないみたいで』
夢の言葉は心に刺さる。
「考えても無意味だ。この木の遺伝子情報を持ち帰り、お前と夢哉の遺伝差異を調べ原因となるゲノムを特定すれば治療するベクターワクチンが作れるかもしれない」
「治るんですか⁉︎」
「わからない。そもそも先程の男も幻覚、共有精神病性障害の可能性も高い。だからラボで最初から検証しなければ話にならない」
「信じないなら何故それを?」
「可能性があるのなら、全て検証すべきだ」
桜川の手には男が消えた所に生えていた豆の苗が収まっていた。
その後しばらくたち、俺と夢の遺伝子から、植物の因子だろうと思われるゲノムも特定されたと桜川から説明を受けた。桜川の目の下には深い隈が刻まれていた。そのことに困惑した。始めてみた桜川の人間的な変化だったからだ。
「ワクチンは作れるかもしれない。これから持ち還った木の遺伝子をマウスに植え付けてワクチンが効くか検証する。動物実験の次に人体実験が必要だ。夢哉の体が痛んでいる以上、朔哉、お前で安全性を確認してから夢哉に投与するしかない。ここからの道筋は全く見えない。実験段階で拒否反応が出て死ぬかもしれないし、お前にも植物が生えるかもしれない。その確率すらわからない。それでもやるか」
「勿論です。聞くまでもない。その植物の因子というのは夢哉じゃなく俺に偏ってた可能性もあるんでしょう? たった1人の家族で、弟ですから」
「そうか」
初めて、桜川が僅かに微笑んでいる気がした。そしてこれまでの桜川の行為を思い出す。桜川だけだったのだ。俺たちの話を真剣に聞き、そして解決しようとしてくれたのは。
「それより先生は何故これほど親身になって頂けるんですか。どこかにバレれば医師免許が飛ぶでしょう?」
「俺にも治したい人がいるからな」
Fin
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