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非人道的な治療。
それはいわゆる人体実験と呼ぶのだろう。医療行為は人に侵襲を及ぼすものだ。客観的には傷害罪に該当する。対象が同意したとしても、『真っ当な治療行為』を除き罪となる。
だから患者に良い効果を産むかもしれない治療でも、成功率だとか過去の臨床例だかで一定の効果がある確証でもない限り、それは医師にとって違法性を帯びる行為なのだそうだ。
それで実験的な手術や治療を行う医師は、それを可能とする設備を有するそれなりに大きな組織、つまり病院や研究機関に所属している。だから倫理委も法務部も存在する。俺は夢を治すために、人体実験でもいいからやってほしいと主張した。けれどもそれは逆効果だったんだろう。前例のない症例だ。五里霧中で効果が得られるかすらわからない治療など到底許可されない。腫れ物のように扱われた。
だからすでに八方塞がりで、どの病院も発芽部分を切り取り、穏当な保存治療、つまり栄養剤で延命をはかる終末医療のような処置しか行おうとはしなかった。
この桜川を紹介したのは神津大学附属病院の久我山という若い医師だ。
「俺は外科医だから生えたのを切るしかできないけどさ、マジでなんとかしたいなら人を紹介するよ。うまくいくかは全然保証できないけど」
「人を?」
「俺の幼馴染でそいつも医者なんだけどさ、製薬会社で研究をしてるんだ。よっぽどでもいいっていうんなら」
既に治療の術はなくどの医者にも見限られている。その『よっぽど』の内容は少し気にかかったが、藁にもすがる思いで頼り、桜川を紹介された。そして『よっぽど』の意味はすぐに知れた。診療記録を縦覧しての最初の発言からも。
「植物が生えるなら、暗い所に閉じ込もれば成長が止まらないかな」
「は?」
「植物は光合成で光から有機物を生成する。光を当てなければ成長しないんじゃないだろうか」
その時、夢の体に植物は生えておらず、だからセカンドオピニオンを求めてもどの医者も診療記録を信じなかった。けれども桜川は久我山が嘘をつくわけがないと言い、頭から信じた。それだけでも有り難かった。
以降、夢はこの真っ暗な部屋に閉じ込もっている。そのせいで、僅かににだけ夢の中の植物の成長は遅くなっているそうだ。
「色々と試したが温度管理はあまり意味がない。人の体温たり得る温度では発芽と成長は止められない。水分摂取を控えても、結局は本体たる夢哉が脱水症状を引き起こせばその生死にかかわる。経口でなく点滴で摂取しても同じようだ」
「酒もだめですか」
「駄目、というか酒は植物の成長には有害かもしれないが、夢哉自身もそれほど肝機能が強くない。弊害が大きいだろう。それにアルコールは脱水を引き起こす。そのために摂取水分が増えれば意味がない」
「そう……ですか」
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